組織写真と文様写真の間

Doubletさんから秋山実さんの液晶写真についてのコメントを求められてしまった…



そう言われて、少しばかり途方にくれている。というのは、液晶の写真でも、文様を楽しむ写真と科学的な写真では、撮影時からねらいが異なっていて、同一に扱えるものではないように思っているからである。では、秋山さんの写真を芸術写真としてどう見るのと言われると……………審美眼に疑問符がつきまくる身の上としては、コメントしようがないのである。

これで終わってしまうとDoubletさんへの返事とならないので、液晶の組織写真の本と秋山さんの本を少し比べてみることにしよう。

液晶の組織写真というと、古くはDemusのTexture of Liquid Crystalsが有名であるが、残念ながら今は絶版である。2003年にIngo Dierkingにより同名の本が出ている。こちらにはDemusの本が出版された後に発見された液晶相の写真も掲載されている。ただ、こちらの本も現在は版元品切れのようである。さて、Demusの本は遙か昔の学生時代にボスが持っていたのを見たことがある程度なのだけれど、Dierkingの本は手元にある。というわけで、Dierkingの本の写真と秋山実さんの本の写真を比べての印象を少しつづってみる。

2つの本を比較して気がつくのは2点。1点目は写真の拡大率である。撮影倍率自体は、多分、それほど違いがないのだけれど、提示されている状態での倍率はDierkingの本の方が高いと思う。もっとも、Dierkingの本には倍率が記されていない(接眼ミクロメータが撮しこまれているものはあるけれど、対物倍率の表記はない)という非科学的な状況にあるので、拡大倍率に関する印象が正しいかは微妙なのだけれど、写っている組織の大きさがDierkingの本の方が大きいのである。

液晶の研究において、組織観察はかなりの比重を占める事柄であった。というのは、液晶の相毎に出現する文様に特徴があるために、それを認識することにより、液晶の同定がかなり可能であるためである。従って、人に組織写真を見せる時には、その液晶に特徴的な構造が明示的に写っている必要がある。

例えば、秋山さんのミクロ・コスモスの29のスメクチック液晶の写真は、多分スメクチックAのPolygonalとFan-shapedの間ぐらいの組織だけれど、組織写真の立場からは、あんなにいっぱいドメインが写っている必要はなく、もっと部分拡大で、ただし、消光位の方向が判りやすいように撮影されたものがよい写真になると思う。また、48もスメクチックAのFan-shapedドメインだけれど、こちらの写真はドメインサイズはOKだけれど、セルが少し薄いので欠陥があんまり大きく出ていないように思う。色からするとセルの厚みは5μm程度以下だろうと思うけれど、この液晶に特徴的な欠陥のループはセル厚よりは厚くなれないので、もうすこし厚めのセルで欠陥ループがはっきりと見せるようにする方が組織写真としてはよいだろうと思う。
また、72のスメクチック液晶はスメクチックC相で層が基板に平行になっているものだろうと思うけれど、もうすこし倍率を上げて欠陥点をはっきり見せる方が組織写真としてはよいだろう。このような文様はネマチック液晶でも見えるのだけれど、黒い領域が収束する点に向かって、スメクチックC液晶では必ず4つの黒い帯がつながるのに対して、ネマチックでは2本もありという違いがるので(例外的にスメクチックCでも2本がある。逆にそれがあると普通のスメクチックCではないので、それはそれではっきりと見せないといけない)それが見やすくなる程度の倍率が欲しいのである。

ただ、このコメントは、あくまでも組織写真としての立場であって、組織写真として使えるような拡大率の大きな写真では、写真全体での文様のバリエーションが減ってしまうために、文様を楽しむ写真としては、面白くならないだろうと思う。これが、文様を楽しむ写真と科学的な写真は比較できないと述べた理由である。

もちろん、全ての場合において、組織写真と文様を楽しむ写真が両立しないということはなく、ミクロ・コスモスの61のコレステリック液晶は組織写真としてもきれいなものだと思う。この写真は、等方相(黒い領域)との界面もあり、液体と液晶の界面で分子がどんな風に並ぶのかなどの情報も含んでいる。
あと、秋山実さんの写真ではないけれど、米国ニコンの
http://www.microscopyu.com/smallworld/gallery/index.html
の2006のHonorable Mentions下の左から3番目、Dr. Michi Nakataの写真は、等方液体相から屈曲型分子のB2相が出現しているところだけれど、組織写真としても多くの情報を含んでいて面白いと思う。色調や消光方向の変化を子細に眺めると、中々謎に満ちた気分になってくるのではないかと思う。出現しているのが単一の相なら、こんなことには有り得ない。ほとんど縮退した複数の状態を考えないと、写真の説明はつかない。


秋山実さんの本とDierkingの本の2点目の違いは、写真に記されている情報にある。秋山実さんの本では倍率とスメクチック液晶という表記になっているがDierkingの本ではスメクチック液晶でもAとかCとか副分類が記してある。秋山実さんの写真集のスメクチック液晶も、少なくとも3種類はあるのだけれど、それらがすべてスメクチック液晶で括られている。その一方で、上に記したように、倍率に関しては秋山実さんの本の方が、きっちりしているのは面白いところである。一方、Dierkingの方は、倍率はテーゲーだけれど、副分類も含めて相はきちんと示されている。これは、組織観察の立場からすると必須のことである。ちなみにDierkingの本はカラー写真部分は全体の1/3.5程度で、残りのテキストには、液晶の分類や、構造と観察される組織の関係などが記されている。そして、テキストに記した多くの相の写真を掲載している努力をしているために、綺麗ではない文様も結構掲載されている。文様を楽しむのには、素敵な文様が得られる液晶を選べばよいけれども、液晶の組織写真では、対象とする相を選ぶわけにはいかないのである。

話は変わるけれど、秋山実さんは顕微鏡写真と並んで千代鶴を中心とした刃物の撮影も行われていて、何冊かのムックが出ている。こちらも、手練れのプロの仕事だ。(顕微鏡写真以上に真似できる気がしない…)。
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by zam20f2 | 2010-01-26 21:56 | 科学系 | Comments(1)
Commented by だぶれっと at 2010-01-27 00:22 x
たいへん詳細なコメント、誠にありがとうございます。
おそらく、表現の違いは、「何を見せたいか」という立ち位置の差に基づくのでしょうが、やっぱりいろいろな意味で秋山氏のセンスは際立ちますね。
化学があまり得意であるとは思えない秋山氏が(失礼!)、結晶の写真をライフワークにできるのは、偏光顕微鏡写真という選択の妙によるものかと思えるのです。
逆に、科学を知ってしまうと、あのフレーミングやレターデーションの出し方は(知識が邪魔してしまって)できなくなってしまうのかもしれません。
アピールするべきは一般大衆層で、彼らは「科学写真が見たい!」と切に望んでいるわけではありませんから、やはり秋山氏のアプローチが芸術写真としては適なのかな、と思える今日この頃です。
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