カーゴカルト

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もちろん、ここに写っている高架は張りぼてではなく、きちんとした標準軌道の鉄道に対応した物だ。



それをカーゴカルト呼ばわりすると怒り狂う人もいるとは思うのだけれど、ほんの1Km程度しかない高架を眺めていたら、カーゴカルトという言葉が頭の中から浮き出してきてしまった。地元の熱意を示す政治的な意味あいがあるのだろうことは分からないでもない。でもだからといって1Kmの高架はないだろう。何年後かに、路線が延びてくるから無駄にならないという主張もあるだろう。でも、それまでは、この高架は無意味な物で、それだけのお金を別のことに使っていれば、そこまでの期間も生きたお金として役に立つはずだったろうと思うのだ。
もちろん、ここまで鉄道が延びたら便利だとは思う。西の方まで行って回らなくても、北から直接いけば、今より1時間以上は早く到着できると思う。とは言え、現状で1時間に1本しかない接続乗り換え列車が満車ではない状況では、直通が出来たところで、その列車の乗車率がそんなに高くなるとは思いがたい。だから、標準軌道の路線が延びてきても、それほど本数もなく、列車の車両もそれほど多くはないだろう。そうすると、太平洋岸を走っている標準軌道の路線が地震などで長期に停止した場合のバイパスになるという主張も怪しいものだ。特に、碓氷峠を越える車両はスペシャルだから、他の路線の車両をそのまま投入するわけには行かないだろうし。だいたい、バイパスの必要性は太平洋岸を任されている会社が認識していて、新しいのを作ろうと動いているわけだし。


そもそも、標準軌道の電車が伸びてくるのが本当に幸せなことなのだろうか。善光寺のある町はは容易に日帰りが可能になった結果、宿泊客の減少に見まわれたと聞いている。もちろん、懐古園のある町のようにそれまで本線で特急も停まっていたのが、一気に第3セクター路線になって、観光地へのバスの発着も近辺に出来た標準軌道の路線の駅に奪われてしまった場所もある。それに比べれば標準軌道の駅があるのは良いことなのだろうけれど、標準軌道の路線がやってくることは、周辺も含めて、必ずしもプラスのことばかりではないだろう。

そういえば、成田新幹線予定の橋脚跡という鉄道廃墟が千葉県にあった。あれは、今どうなっているのだろう。
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by zam20f2 | 2010-02-26 23:37 | 街角系 | Comments(0)
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