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1日の和風総本家(TV東京系)を録画で見ていたら、板倉聖宣さんが出てきた。へえと思ってみていたら五円玉に算用数字が書いていない理由についての説を述べられていた。

ざっくりと文字に起こすと

板倉:僕の考えはね、これは昔のコインの伝統をついだお金だから。昔のお金は一文銭といってね、一文はもともと重さの単位で、今の3.75gですよ。
五円玉って何グラムあると思う?
(レタースケールで5円玉(複数枚合計)の重さを量っている)
一文のお金を残そうという思いがあって

取材側:誰に

板倉:造幣局の担当の人たちに。江戸時代のお金の伝統を引き継ぐなら算用数字は江戸時代にないですよ。
おそらくそうですよ

取材側:間違いないのですか

板倉:間違いないって、どうやったら間違いだ。
どうも文科系の人は実験で決めるという考えをしない。
書かれたことはたいていウソですよ。

という流れなんだけれど、「どうも文科系の人は実験で決めるという考えをしない」というあたりでは取材側の笑い声が入っていた。





そりゃあ……………失笑しますよねぇ。
板倉聖宣という名前をしらなかったら、どこのトンでも爺さんだろうと思うところですよ。

気になってざっくりしらべたら
五円玉に算用数字が書かれていない理由は分かっていないらしい。
ただし、戦前の貨幣には算用数字はない。昭和20年代前半発行の5,10,50銭には算用数字が入っているけれども、これらはいずれも穴無し硬貨で、算用数字は硬貨の中央に大きく入っており、穴が開いたデザインとは両立しそうにない。
また、重さが一文であることについては、尺貫法は昭和26年まで生きていたそうで、Webにもそれ以前にできた5円玉が1文の重さであるのは不思議ではないという指摘がある。

それにしても、「五円玉に算用数字がないのは、江戸時代の貨幣を引き継いだからだ」というのは仮説としては認められるとものだとしても、重さが一文だからそれが実験で実証されたという感じの流れは、どう考えても有り得ない。今回の事に関しては、板倉さんの主張は、完全に非科学的なものである。
板倉聖宣さんの仮説実験授業については、よく知らないけれど、こんな感じの仮説と実験なのだとしたら教育としては知らないけれど、科学的な思考としては害悪を流しているよねと思う。
板倉聖宣さんの信奉者はあの映像見てどのような感想を抱いたのだろうか。
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by zam20f2 | 2010-07-04 09:39 | 科学系 | Comments(0)
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