2010年の春に地上では出来ない色のついたシャボン玉が宇宙で出来たという話が新聞を賑わしました。その時にはあまり気に留めていなかったのですが、夏になってHirax.netで地上で色のついたシャボン玉が出来ないかという話があり、それを見て夏休みの自由研究に試してみようかという気になりました。
実は地上で色のついたシャボン玉が出来るかについては、Webを調べてみると春のニュースの後にネット上で話題になっていて、比較的簡単に地上でも色つきシャボン玉ができることが写真付きで紹介されています。それどころか数年前にアメリカの会社が色つきのシャボン玉ができるシャボン液を開発して売り出しています。つまり、地球上で色つきのシャボン玉が出来ることはすでに実証されていることなのですが、何故宇宙でないと色つきシャボン玉が出来ないという誤解が生じたのかも含めて考えてみたいと思います。 色の話をするためには、スペクトルの話をしなければなりません。太陽や白熱電球の光は青から赤まで様々な色の光を含んでいます。このような光を白色光と呼ぶことにします。白色光はプリズムや回折格子を通すことにより、青から赤までの色の光に分解できます。様々な色の光を個々の色に分解した物をスペクトルと呼ぶことにします。虹の色は天然のスペクトルですし、CDやDVDなどの反射光が色づいて見えるのも光がスペクトルに分解されたためです。ちなみに、プリズムで白色光がスペクトルに分解されるのは、光の波長により屈折率が異なっていて光が屈折される方向が異なるためです。また、CDでスペクトル分解が出来るのは、光の波長によって回折される角が異なることを使っています。 Web上を探すと、CDや回折格子フィルムを使ってスペクトル分解をする道具(分光器)を作るいくつかのやり方が紹介されています。それに従って分光器を作れば、色々な光をスペクトル分解して見ることができます。今回は、目で見ることより写真撮影を行いたかったので、通常の分光器でなく、カメラのレンズの前に取り付けるような分光器を自作しました。といっても、そんなに立派なものでなく、回折格子フィルムと工作用のボール紙があれば簡単にできるようなものです。 この分光器を使って、白熱電球のスペクトルを撮影したものをつぎにお見せします。 この写真は虹の7色のように連続的に色が変化していませんが、これは、デジタルカメラの設計上の問題です。どうしてこんな事になってしまう(にも係わらず普通の物の色はそこそこに再現できるか)についての話は本題からはずれてしまうので、ここでは省略します。興味のある方は、このblogの前の方の記事に関連するものがあるのでお読みください。 色のついたシャボン玉を作るのには色のついたシャボン液が必要です。どの程度の色の液を作れば良いのかを考えるために、色のついた水を用意しました。色をつけるのには食紅を使いています。用意した溶液は食紅を付属のスプーンですり切り一杯とり、50mlの水に溶かしたもの、それを約1/3の濃度に薄めたもの。さらに約1/3にして元の1/10にしたもの、そして、元の1/30にした物です。これらをサンプル瓶に入れて並べた写真をお見せします。なお、一番右の透明のものは比較用に用意した水道水です。 写真を見て明らかなように、液体の色は溶けている物の濃度により変化し、濃度が薄くなるほど色が淡くなります。この写真はサンプル管を寝かせて撮影していますが、立てて撮影しても、管の上と下で液の色の濃さは変化しません。これは、重要で、ある意味不思議な事です。 地上で色つきのシャボン玉が出来ないことについて、一部のWebでは水と色素の比重が異なるため、地上では色素がシャボン玉の下に沈着するので色がつかないというような事を記してあります。もし、それが本当ならサンプル管に入れた溶液も下の方が色が濃くならなければなりません。しかし、実際には普通の色素溶液の濃度は上も下も均一です。この日常的に目にする観察結果は、地上で色つきのシャボン玉が出来ないことにタイする色素沈着説が間違いであることを示しています。 では、色素と水の比重は正確に等しいのかというと、よほどの偶然に恵まれない限りは、密度は異なっています。それにもかかわらず、均一な濃度の液を保っていられるのは、かなり不思議な事だと思いませんか。日常的に当たり前に思えることに中に、多くの不思議が隠されていて、これも、その一つの例だと思います。 続いて、色つき水のスペクトルを見てみましょう。一番上が比較用の水道水、続いて、食紅の水溶液のスペクトル写真を濃度の濃いものから並べました。水道水のスペクトルと比較すると、青と緑の部分が吸収されて大きく欠如しているのが分かります。そして、濃度が低くなると、緑や青も透過します。1/30の濃度のものでは、すべての波長の光がほぼ通過していますが、よく見ると青と緑の間あたりが、対比試料より弱くなっています。ImageJというフリーソフトを使うと、もう少し定量的な議論が出来るのですが、それは別の話としようと思います。 色素の濃度を低くするということは、光が通る道筋にある色素の数を減らすことです。光が通道筋にある色素の数を減らすには、道筋の長さを短くしてもいいはずです。次の写真は、上の一番濃い液を一滴ほどスライドガラスの上にたらしたものです。中央付近に淡く見えているのが液のある部分です。しかし、ほとんど色はついて見えません。 さらに上にスライドガラスをもう一枚載せて液を薄く拡げると、もはやまったく色は見えなくなります。 光が通る道筋にある色素の数が同じなら、色の濃さは同じに見えます。ということは、色素の濃度が濃度が倍になると、厚さを半分にしても同じ色合いに見えるということです。ご存知のように、シャボン玉は非常に薄い膜です。ですから、通常の色合いのシャボン液でシャボン玉を作っても、上の写真で2枚のスライドガラスに挟んだ液体が透明に見えるのと同じような理由で、透明の色がないシャボン玉になってしまいます。シャボン玉に色をつけようと思ったら、元のシャボン液は、普通ではない濃度である必要があります。 では、どの程度の濃度にすれば良いのでしょうか。それを計算するためには、シャボン玉の膜厚を知る必要があります。シャボン玉の膜厚を直接はかることは困難ですが、普通のシャボン玉が色がついて見えるので、それから膜厚を計算することができます。詳しくは立花太郎さんの本をご覧いただくとよいのですが、厚い膜でミクロン程度となります。 ※立花太郎さんの本のタイトルは「しゃぼん玉 -その黒い膜の秘密」で/中央公論社より1975年に発行されました。普通のしゃぼん玉に色がつく理由も含めて、色々な話題がありとても良い本です。しゃぼん玉についてはWeb上にも色々と情報がありますが、少なくとも日本語の情報に限って言うと、この本に比べると月とすっぽんな物ばかりです。Netがこれだけポピュラーになると、Net上にない情報は存在しないように思われてしまうかもしれませんが、昔の本の中には、驚くほどすてきな情報が埋もれています。 さて、先ほどの試料管は1cm程度の内径なので、シャボン膜の厚さは先ほどの試験管の1/1000程度となります。ということは、液の色素濃度を1000万倍程度にすれば同程度の色となります。ということは、50ccの水に、色素をすり切り1万倍入れれば、一番濃い濃度の色素液と同程度の色のシャボン玉ができることになります。しかし、さすがにこれは困難です。何しろ、液の量を1ccで計算すると、色素を200杯も入れなければならないのです。もう少し色素濃度が薄くても色つきシャボン玉が出来ないかを考えてみましょう。試料管の写真を見ると、1/10濃度でもある程度の色がついてます。とうことは色素を20杯程度溶かすことができれば、1/10程度の色のシャボン玉は作れそうです。また、シャボン膜の厚みを厚くできれば、もう少し色素濃度が低くても色つきシャボン玉が出来そうです。 というわけで、市販のシャボン液に色素を溶かした液を作ってみました。ここまでの話からすると、何mlのシャボン液の何杯の色素を溶かしたかを記さないといけないのですが、実は、この液は試験用に適当に作った液で、取り敢えずのものなのですが、かなり濃く作っている事だけは確かです。 この液を使ってシャボン玉を作ってみます。吹いている途中の写真を見ると、明らかに下の方が色が濃くなっています。先ほど記したように、液の濃度は上も下も変化はありません。下の方が色が濃く見えるということは、下の方が膜厚が厚くなっていることを示しています。その原因は地球上の重力です。 この液を使ったシャボン玉の写真をお見せしましょう。だいぶ色は薄いですが色は見えています。 一番上に書いたように、色つきのシャボン玉の写真は既にWeb上に存在していますが、それとは他の人がやっても、色つきのシャボン玉が出来ることが示されたわけです。 さて、色のついたシャボン玉は一応できたわけですが、やはり色が淡い感じはします。宇宙で出来たシャボン玉も公開された写真で見る限りは色の淡いものなのですが、地上でもっと色の濃いシャボン玉は出来ないでしょうか。原理的には、シャボン液の色素濃度をさらに上げるか、シャボン玉の膜厚を厚くできれば、より色の濃いシャボン玉となるはずです。 今回使った食用色素は、実は「食用赤色102号」15%にデキストリンを85%加えた商品です。デキストリンは無色の物質ですので、もし、純粋な色素が入手できれば、今回の1/6程度の量で、同じ程度の色のシャボン玉となりますから、色素の飽和濃度にもよりますが、より濃いシャボン玉ができるかもしれません。またWeb上で色つきシャボン玉を作った人の話を読むと、食用色素の他に、インクジェットプリンターのインクを使っている人もいます。確かに、プリンターは非常に少量のインクであれだけ濃い色を作り出すのですから、かなり濃いインクが使われているはずです。これも、候補の一つとして考えて良いかもしれません。 ※食用赤色102号はニューコクシンという名前の色素で、最近では安息香酸ナトリウムと同時摂取すると、悪い影響が出る可能性が指摘され、使用されなくなる傾向にあるようです。 経験的には、固体の色素で薄膜を作ると、厚さが100nm程度あれば、かなり濃い色がつきます。100nmは1ミクロンの1/10ですから、10%程度の色素を含むシャボン液でシャボン玉を作ると、かなり濃い色のシャボン玉ができるだろうと思われます。食用赤色102号は20℃で20%程度の溶液は出来るようなので、純粋な食用赤色102号が入手できれば、かなり濃い赤色のシャボン玉が出来そうです。 ※Webを探すと純粋な食用赤色102号の純粋な物は売っているのですが、500g単位のようで、赤色色素をそんなに買ってしまうと、ほぼ499gの色素をもてあますことになるので、断念しました。ちなみに、家庭用に売っている食用赤色に無色のデキストリンが混ぜてあるのは、色素100%だと、極めて少量で色が強くついてしまい、使いにくいためだろうと思います。 一方、シャボン膜を厚くするのには、シャボン玉の大きさを大きくしすぎなければいいのですが、たとえ厚めのシャボン玉を作っても地上では重力の影響で上の部分が薄くなって下に液が溜まってしまいます。それを避けることは出来ないのですが、液の粘性を高くすれば遅くすることは出来ます。実は、デキストリンは液の粘性を高める効果があるようで、それが、市販の食用赤色を使ってそれなりに色のついたシャボン玉が出来た理由かもしれません。シャボン膜を水平に張れば、シャボン膜の厚みは保てるようで、英語のWilipediaには、平に張ったシャボン玉に3色がついた写真が掲載されています。 科学的な実験は、自分で考えながら計画を立てて行うことに面白さがあります。そういう意味では、色つきシャボン玉を地上で作る試みは、宇宙で色つきシャボン玉を作ってもらうより、遙かに楽しみとロマンのあることだと思います。宇宙にロマンが無いとは言いませんが、その前に、身の回りにロマンや謎が満ちあふれていることを知ることも大切なことなのです。 ※色つきシャボン玉の実験をするときは、風のない日に屋外で行ってください。シャボン玉が物に触れて割れたときに、その近辺にシャボン液が飛び散って色がつきます。ちなみに、米国で売っている色つきシャボン液は、シャツについても透明になることを売りにしています。 ※およそ2年後に、もっと濃い液を使って実際にシャボン玉を飛ばしてみました。混ぜ物のない色素を使うと、かなり赤いシャボン玉ができます。
by zam20f2
| 2010-08-15 09:49
| 科学系
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