2回目に何故結晶がよく成長したのかを考える

この前の「大科学実験では」針金に巻いた糸に塩の結晶を成長させる実験を行っていました。
1回目には水温を70℃から38℃程度まで72時間で降温していましたが、塩があまりついていない部分があり、再度70℃付近まで加熱し、結晶成長を行い糸に塩の結晶がついた物体を作っていました。

画面では70時間後と120時間後を比べて120時間後の方が塩がよくついたように見せていましたが、ナレーションでは実験再開後48時間という言い方をしていました。ですから、2回目の成長は48時間で行われて、1回目とあわせて合計時間で120時間という意味だろうと思います。

不思議なのは1回目で何故食塩があまりつかなかったのに2回目でついたかです。番組では濃度にムラがあったかもしれないというナレーションが入っていましたが、これは、以下に述べるような理由により間違っている可能性が高いと思われます。 間違いであると考える理由の1点目は、1回目の画像で溶液に光線の乱れが見当たらなかったことです。内部で濃度のムラがあれば屈折率分布が出来るので、陽炎のような物が見えるべきなのですが、それが見えていません。従って、内部にそれほどムラがあるとは考えにくいのです。

2点目の理由は、ムラが部分的に出来ていることです。もし、食塩の付着量が少ない領域の塩分濃度が低いのだとしたら、その部分の比重は小さいので対流が起こり濃度は均一化されるはずです。もちろん、濃度の薄い領域が上側をしめていれば対流は起こらないので、部分的に付着量が違っていてよいのですけれども、その場合には液の上面に近いほど付着量が少なくならなければなりませんが、映像ではそうなっていませんでした。

では、真の原因は何かというと、針金に巻いた糸の汚れ具合の違いではないかと思います。そもそも、針金単体ではなく、糸を巻くのは、食塩結晶の成長部分を作るため(とあるいは、離脱を防ぐため)だと思います。そういえば、中谷宇吉郎が低温室で雪の結晶を作る時にはウサギの毛を成長核に使ったという話を聞いた記憶もあります。

その糸ですが、どうやら、複数の人間が巻いているらしいです。想像するに、その中に手が脂っこい人か、ポテトチップなどを食べながら糸を巻いていた人がいたのだろうと思います。そして、その人の巻いた糸の部分は他と表面状況が違っていて、結晶核の出現が遅く、結晶の析出量が少なくなってしまった可能性が考えられるのです。

では、2回目でその部分にも結晶がついたのは何故かというと、引き上げ後に糸の表面が乾燥して、殆どの部分に核が生成したことが一つ目、そして、2回目の試行では、1回目より念入りに撹拌していることが二つ目の理由である可能性が高いと思います。

見ていて不思議だったことの一つに、1回目の試行でも2回目の試行でも溶け残った食塩が下に貯まっていたことがあります。というのは、溶け残った食塩の結晶があると、その結晶を核にした成長も起こるため、糸に成長するのとの競合になり、糸につく食塩の量が減るはずだからです。

そもそも、入れた水の量はアナウンスされているので、それから食塩の飽和量を計算して完全に溶けるように投入できるはずです。それにもかかわらず、塩が溶け残ったのは、撹拌が悪いか、計算間違いであると考えられます。ちなみに番組では850Lの水に340Kgの食塩が溶けるので、350Kgを投入したと言っていました。340Kgとして全体が溶けたときの食塩濃度は340/(340+850)=28.6g/100g溶液となります。一方、Web上dで調べた食塩水の飽和濃度は100℃でも28.15g/100g溶液です。ちなみに飽和食塩水は207℃で沸騰するらしいのですけれど、この時に濃度は28.39g/100gとの記述をみつけました。私は粗忽者で計算間違いをよくやりますし、見つけたデータの信頼性も確認していなのですけれど、なんかちょっと違ってしまっています。私の計算間違いかもしれないけれど、あるいは番組スタッフは先日に無意味に使われた高圧容器を使って、圧力をかけて沸点を上げて溶解度を稼ぐつもりだったのでしょうか。

ところで、340Kg溶けるから350Kg投入したという台詞も不思議なものでした。というのは上にも記したように、塩の結晶が残っていると、それは糸に塩がつくのと競合する核になるので、糸に付く塩の量が減少すると考えられるからです。どういう発想で余計に投入してしまったのでしょう。科学番組だったら、その理由を明示的に説明して欲しいところです。そしてまた、最終的に溶解しないで残るようにするつもりだったとしても、先ずは完全に溶かした上で、さらに加えた食塩が溶けないのを見せるようにして欲しかったです。

科学の実験はきちんとした論理と、状況の確認の上に行われるべき事柄です。残念ながら、今回の番組にはきちんとした論理も、状況の確認もありませんでした。個人的には、この番組を見た子どもの頭の中に科学の実験というものが、大雑把で気分的なものであるという印象が残ることを懸念しています。すくなくとも、この点において、視聴者の科学レベルを落とすものであると言わなければなりません。

 さて、2回目の経過時間が48時間だとすると、1回目よりは(核発生による遅れを除けば)付着合計量が少ないはずだが、実際には2回目の方が多く付着している印象があります。もちろん、糸に核が出来ているので最初期から成長が出来ていることも影響していますが、温度計を見る限りは2回目は1回目の最終温度より下がっている可能性があり、冷却条件が1回目と異なっている可能性が感じられます。それなら、条件の違いを示さないと科学実験としては失格でしょう。

そもそも、食塩は溶解度があまり温度に依存しないことが知られている。30℃の飽和濃度が26.51で、80℃で27.55程度らしい。まあ、この程度の差でも1トン程度の量があるなら10kg程度は析出するはずだが、投入量の350Kgを考えると随分と効率が悪い。残りの340Kgはというと、食べ物を粗末にしない番組スタッフのことですから、何かの有効活用をしたのだと思いますが、どんな活用をしたのか知りたいところである。


ところで、番組中でも一言触れられていましたが、塩の結晶は立方体に育ちます。これは、ものすごく不思議な事です。人間の目に触れる世界で、原子の性質が明示的に現れている数少ない例だと思います。そういう意味では、個人的には不定形の物体に塩をつけるよりは、塩の結晶の形そのものを見せる方がよいような気がします。

塩を不定形な形にするなら
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これは、
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の一部です。このシャンデリアは、あのショボイ塩の結晶がついた物体よりは、遙かにかっこよい物です。また、
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は、芸術品ですね。それにしても、よくも、これだけ大きな塩の結晶が地面の中に埋まっているものです。そしてまた、少しやり過ぎですが
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な例もあります。社会主義リアリズムを感じさせる作品ですね。最後のは、不純物が入っているので、透明ではありませんが、実験としては、色のついた塩を作るのも面白いかもしれません。

でもこれらの塩でも叩いて割ると、劈開面が出てくるはずです。
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これは、完全な立方体ではありませんし、空気中の湿気で角がなくなってしまっていますけれども塩の塊です。一辺2cm程度ですが、このもっと大きいのをみたら、そして、その形が家にある塩を虫眼鏡で拡大して見たのと同じだとしたら、それは、インパクトのあることではないでしょうか。
そして、物質によっては
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な劈開面が出てきて、、そして非晶質は
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な具合に割れるのを見せてあげれば、より身の回りにある物の科学に目を向けさせる事が出来るのではないかと思います。


ところで、番組冒頭には「誰もが当たり前だと思っている自然の法則や科学の知識、でもそれは本当なのでしょうか。」というフレーズがあり、終わりにはウ「エディングドレス全体に塩の結晶がつくことがわかった。だからやってみなければ分からない。」というフレーズがありました。ということは、番組スタッフは、普通の人がウエディングドレス全体に塩の結晶がつくことが自然の法則であるか、誰もが当たり前と思っている科学の知識であると認識していることになります。まあ、原理は最初の2分で行われたハート形に塩をつけるのと同じ事なので、普通の論理推論能力を持っている人間ならやらずに分かることですから、科学の知識であると認識しているとしても驚きませんが、それだったら、やってみなくても分かる話です。でも、それでは、番組での冒頭と最後のフレーズにはなりません。やはり、番組スタッフは、すでにどこかで、ウエディングドレスに塩をつける実験が行われていて、多くの人は自分でやったことはないけれども、それを正しいこととして信じていると考えているとしか思えません。そうじゃなかったら、あのフレーズは出てこないはずです。この番組の前に、だれが、こんな無意味な実験をやったのかを是非教えてもらいたいものです。
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by zam20f2 | 2011-02-12 09:02 | 文系 | Comments(0)
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