続:ニュートンのプリズム

少し前に、ニュートンのプリズムというエントリーを書き、その中でスペクトルを6色とするのと7色とするののどちらが妥当であるかについて、プリズムを使って分光をするなら、板倉氏の主張とは異なり、7色の方が妥当であるという計算結果を示しました。計算結果に間違いはないとは思うのですが、プリズムが手元にあったので、実際に白色光をプリズムで分光してみることにしました。
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使ったのは、古典的なアームタイプの分光器です。何故これが家にあるかというと、前にも記しましたけれど、家の近所でやっていた骨董市に出ていたためです。最終日だから値札の半額と言われてしまうと…買わないでいるのは困難です。
手作り分光器でD線分離を試みた時は、入射側のスリットと光を平行にするレンズのついた部品のみ使いましたが、今回は、それに本体と付属のプリズムも加わります。本来は、屈折した光を望遠鏡で見て、その角度を測定して屈折率を定める装置なのですが、屈折した光はカメラレンズでそのまま受けることにしました。もう少し正確に言うと、最初は光を少し離した紙面に投影してそれを撮影したのですが、どう考えても紙に投影した物を撮影するよりも、カメラレンズで感光面に直接結像した方が筋がよさそうなので、そうして撮影しています。
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次ぎに示すのは、同じ配置で撮影した殺菌灯です
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ご覧頂ければおわかりのように、ピントがきちんと合っていないので、いずれ再撮影の必要が生じそうですが…。
さて、このスペクトル像に板倉氏の主張に沿って赤・橙・黄・緑・青・紫の6色に区分する線を引いてみましょう。
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見て頂ければ分かるように、線は決して均一には引けません。ニュートンの時代には光の波長という概念はありませんでしたから、その時代にあっては、このように線引きをすることに合理的な理由はありません。色の科学は難しいものです、色の名前で議論をすると、人によって色の範囲が異なるために、相互に議論が出来なくなる危険性があります。
では、どのように線を引くのが合理的なのでしょうか。これについては、板倉氏の楽しい授業の中に、波長を均等に区分するというアイデアが出てきますので、ここでもそれを適用することにしましょう。ただし、ニュートンの時代には波長という概念はなく、壁に映った色の変化がすべてですから、その色の見える範囲を等分に区切ることにします。ここでは、3等分から8等分まで試してみました。青の方は、まだ色が伸びているのが見えるのですが、この先まで入れてしまうと、青、紫あたりの数が増えすぎるので、青の方はだいぶ外しています。この状況で、青の側は440nm付近になっています。
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さて、何色にスペクトルを区分するのが正しいでしょうか。6色では、赤・黄色・緑・青緑・青・・紫になってしまい、板倉氏の主張の赤・橙にはなりません。橙を押し込めたかったら少なくとも7色は欲しいところです。これで、今回つかっているプリズムより分散が少し弱ければ、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫におさまりそうな感じです。

というわけで、実験をやった結果として、プリズムによる分光スペクトルを均等に分類するならニュートンの7色の方が6色より妥当であるという結論は変わりませんでした。板倉氏の主張のように波長に対して均分にするなら、6色の方がよいかもしれません。ですから、CDや回折格子レプリカで分光実験をやる場合には6色が妥当で、プリズムで行うなら7色と説明するのが良い線だろうと思います。ニュートンの時代には、回折格子も波長もありませんから、7色に分けるのは合理的な考え方です。それを現在の目から間違っているとか、間違った権威を科学的にただしたと主張するのは、完全に勇み足と言わなければなりません。

それにしても、板倉氏の「虹は七色か六色か」についてWeb上で見られる意見を見ると、殆どの人が板倉氏に同調して、ニュートンは間違っていることを知り感銘を受けたようなことを記しています。しかし、これは、どう考えても、自分で確かめることなく、古い権威から新しい権威に鞍替えするだけの行為です。自宅にプリズム分光器はなくても、角度の計算は割と楽にできるはずのことなのですから。
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by zam20f2 | 2011-02-20 18:43 | 文系 | Comments(0)
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