反射・屈折のみで虹の色は出現するのか

だいぶ前に、中谷宇吉郎の「虹」という少年少女向けの解説のことを記した事があります。中谷の「虹」は虹により色の見え方形状に変化があることを説明するのには光の波動性を考慮した理論が必要であることを、丁寧に説いたものです。その存在を知りながら、虹について反射と屈折だけを考慮した議論を改めて行うのに躊躇するところはありますが、思ってもいなかった結果になっているので、実験も含めて紹介しようと思います。

幾何光学的に虹を扱う場合には、水滴の中心からある高さで水滴に入った光線がどのように水滴内部を通過して戻っていくかを計算することになります。水滴の半径を1として水滴の中心から高さxの位置に入射した光の入射角度αはasin(x)で、屈折角度βはn=sin(α)/sin(β)ですので、asin(x/n)となります。水滴の中を通過した光が水滴の外周に当たって反射するときには入射角と反射角ともβです。そして、水滴に再び入射角βで入射し、αの出射角で外に出てきます。図よりθ/2=180-(180-β)-(α-β)ですので、全体の角度はθ=4β-2αとなります。※この部分は「虹 西条敏美(恒星社厚生閣)」を参考にしています。


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この角度はxの関数です。つまり水滴に入ってくる光が戻っていく方向は、水滴のどこに光が入ったかで異なります。それをもう少しきちんとみるために、角度θをxの関数としてグラフにしてみることにしましょう。グラフで屈折率nは1.33と1.34の二つを使っています。1.33は約700nm、1.34は約400nmの光の水の屈折率です。

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nが1.33の場合も1.34の場合もxとともにθは増加していきますが、40度を少し超えたあたりで頭打ちになり、その後で再び小さくなっていきます。そして、θの極大値はnが1.33の場合の方が大きくなっています。

水滴中の光の通り方をもう少し直接見るために、x=0から1間で0.1刻みで水滴に入射した光が、どのような経路をたどるかを図にしてみました。上のグラフと同じように、xが増えるとθも増えていきますが、0.8程度で最大で、その後は再び減少する様子が見て取れます。

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図では0.1刻みで光線を描いていますが、光線の数を増やしていくと、上のグラフで角度が頭打ちになる角度付近にいく光線が他の方向より遙かに多くなることが確認できます。つまり水滴に光を入れると、特定の角度方向に強く反射光が戻っていき、そして、その角度は波長によって異なります。この特別な角度の方向から水滴を見たものが虹であるという次第です。

では、実際に他の角度に比べてどのくらい強い光が戻ってくるのかを調べてみましょう。それを行うためには、上の図のx=0から1までの区間を細かく分けて、そこに入射した光の戻ってくる角度を計算して、戻ってくる角度の度数分布を描けばよいはずです。この時、入射する位置や偏光によって反射率が異なりますので、きちんとした計算を行うためには、それも勘定に入れなければなりません。とりあえず、偏光をしていない光が入射することとすると、入射光のS偏光とP偏光の割合は1対1になるので、そのような条件で計算を行っています。ちなみに、入射するところと出射するところでは、S偏光の方が反射率が高く透過できる光が少ないのですが、水滴内部での反射では、P偏光の反射率は低いため、全体としてはS偏光の方が戻り光が強くなるようです。

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計算結果を図に示します。図には400nmと700nmのものを示していますが、何れも、ある角度で急激に立ち上がり、そして、その角度は700nmの方が大きな値になっています。このような計算を可視領域の波長に対して行うと、ある角度に戻ってくる光の波長分布が定まり、そして、その時に見える色も計算することができます。


しかし、ここでは色の計算に進む前に、もう少し角度分布の計算について議論を行いたいと思います。というのは、このグラフの様相は、計算条件によってかなり変化するからです。特に問題になるのは、出射角度の幅をどうとるかです。出射角度を1度(赤)、0.1度(黄緑)、0.01度(薄紫青)、0.001度(青水色)刻みで計算したグラフを重ねて示しましょう。見ていただくとお分かりのように、角度が細かい方が立ち上がりが急でそれ以外の部分の相対強度が弱くなります。ちなみに、この計算では角度の刻みを小さくするほど、入射側のXの刻みも細かくしないとなめらかな線分になりません。ちょっと油断すると次に示すグラフのように小さな角度側は凸凹でなめらかではない線になってしまいます。余談はさておき、角度が最大のところでは微係数が0になるためで、角度を完全に連続にすれば、角度最大のところで発散して、それ以外の部分は相対的に強度が0になります。

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でも、これは数学ではなく、虹がどう見えるかという話です。実際に虹を見る場合には、太陽の大きさが有限であるために、入射光は完全に平行な光ではないことと、目の角度分解能以下のものは区別できないという二つの要因が加わります。人間の目の分解能は、1秒程度なので、入射光が平行光線だとしても、出射角度分布を0.01度程度でとるのが実際の観察条件に合っているだろうと思います。そこで、出射角度分布が0.01度の計算結果を使って、出射角度毎の色を計算して見ます。なお、光源はD55を使いました。

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計算結果を色度図にプロットすると、赤から黄色にかけては、スペクトル色に近い一方で、短波長側はスペクトル色から大きく外れて、かなり白色になってしまっています。これは、緑や青や藍や紫の反射光がピークとなる角度では、それより長波長の光の裾があるために、色純度が落ちるためと理解できます。短波長側の色純度が落ちる可能性はWeb上では「色いろいろ」http://ww8.tiki.ne.jp/~takam/sizen/niji/genri/genri4.htmの中で示唆されていますが、定量的に示した例はこれまで見たことがありません。

この計算結果が出たのはしばらく前のことなのですが、計算結果を見てしばらくは途方にくれていました。というのは、この結果は、反射と屈折では虹の七色はまったく説明できないことを示しているからです。赤から黄色はまだ良いのですが青の方はかなり白色になってしまいます。もちろん、実際の虹で青色があまりきれいでない場合もあるので、スペクトル色がきれいに出ないからといって困ることはないのですけれども、これまで、Webや本を通して屈折だけでは短波長側の色がスペクトル色からずれるときちんと説明してある文献を見たことがないので、計算結果に自信が持ていていないわけであります。

計算結果に自信が持てないときはどうするかというと、実験をしてみればよいわけです。虹に関しては、大きめの球状のフラスコに水を入れて、平行光線で照らして戻り角の方で色を見るという実験がよく行われる様です。ただし、これですと、きれいなスペクトル写真を撮影しにくいので、球の代わりに円筒を使うことを考えました。これなら、分光器の三角プリズムの代わりに円筒の水を入れた容器を立てれば良いわけですから話は簡単そうです。

ところが、やってみると、あまり話は簡単ではありませんでした。円筒全体にあたるように小さめの半径のガラス管を使うと、ガラスからの反射も影響するのか、予定外の光も見えてしまいます。円筒を大きめにすると、円筒の全面に均一に光を当てるのが難しくなります。実は、円筒の中心から外側に8割程度のところにのみ光を当てると、きれいな虹色の光を見ることができるのですが、それは、虹の見える原理を(不正確に)伝える実験としては成立していても、今の場合にやりたいことではありません。外にガラス管のない、水だけの円筒をつくらないと、思うような観察はできないのです。

水だけの円筒をつくるための一つの方法は、氷の円筒を使うことです。これは、最初に思いついたアイデアなのですが、夜中でも気温が0℃以上の場所に住んでいるので断念しました。続いて思いついたのは、だいぶ前に全反射の撮影をやったときに水槽に流れ落ちるきれい水流をつくったことの応用で、水平に流れ出す水流ではなく、垂直に流れ落ちるきれいな水流を使うものでした。とはいえ、そのための落下水槽作りは多少の時間がかかるので、5月の連休の作業かなと思っていたのですが、蛇口から流れ落ちる水が結構きれいなのを見た瞬間に、落下水槽の必要がないことに気がつきました。全反射の場合には横に水を出さなければならないし、横から光を入れなければいけないので、水槽が必要だったのですが、今の場合は、水流さえきれいなら蛇口だろうとホースだろうと、どこから出る水でもかまわないのです。

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この写真が実験風景です。この後、諸般の事情で光源はもっと離したのですが、基本的にやっていることは同じです。そして、それを使って撮影した反射光は

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です。ちなみに副虹相当のものも撮影できて

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となりました。主虹のものを見れば、どうみても、赤から黄色はともかく緑から青は色が出ていません。計算結果と一致しています。とは言え、入射光の平行性など、本当に大丈夫かなど、まだ、不安なことは残っていますが、大筋では正しいのではないかと現時点では思っています。


それにしても、虹の色のように、当たり前のこととして説明されているようなことでも、実際にやってみると、思っていたのとは違っていたことが起こるものです。こういう時に「やってみなくちゃわからない」と強く思う次第です。
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by zam20f2 | 2011-03-17 20:53 | 科学系 | Comments(2)
Commented by 近くの人 at 2011-03-20 02:23 x
シミュレーションだけでなく,この実験もD55を使っておられるのでしょうか。
デジタルイメージングで色再現を行う難しさもあると思いますし,肉眼の視感度の問題も入ってきますので,相当に難しいテーマに挑戦されている感じがします。
Commented by zam20f2 at 2011-03-22 08:17
実験は、ハロゲンランプ(点灯電圧適当)をファイバーでスリットに持って行っています。ので、かなり色温度は低いはずです。ただ、目視で、ほぼ同じ条件での三角プリズムでのスペクトル色に比べて短波長側の色が出ないので、相対比較は成立すると思っています。デジタルに限らず、銀塩でもRGBの色分解をするので、スペクトル色の再現は原理的に不可能です。でも上に記したように、相互比較という意味では役に立つかと思っています。
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