にわか地震談義(5) 歴史的被害地震をながめてみる

 宮城沖地震などのように、比較的短い周期で繰り返し起こっている地震については、何となく、同じ程度の周期で次回も発生するという気分になる。もちろん、それは気分であるので、時には想定もしていなかった大きさになることもあるわけだけれども。
 周期が短くはない地震に関しては、歴史的な記録と活断層をあわせて、議論を行うことになる。活断層に関しては、地面に残された変動記録から単位年あたりの動きが求められる。それと歴史的記録を組み合わせれば、その活断層にどの程度の歪みが溜まっているかが推定できる。もっとも、この方式は地面の歪みが均一に増加することを仮定している。今回の地震の後の井戸尻断層の動きをみると、仮定は正しくない場合もありそうではある。それはともかく、地学的な痕跡により活断層の活動度はランクづけられており、その中で活動度の割に、近年動いていないものは、近い将来に動く可能性が高いと目されている。
 
しかし、関東に関しては堆積層が厚く積もっているために、活断層の分布には不明な点が多い。どこに、どの程度の歪みを蓄えた活断層があるかは、ほとんど分かっていないという状況にあるわけだ。
活断層が明確でない場合では、地震の歴史的記録があれば、その地方を襲いうる地震に関する知見が得られる。今回の地震に関しても貞観地震という一つ前の記録が残されているわけだ。とはいえ、この手法が使えるのは、繰り返し周期が1000年程度以下のものに限られる。そして、内陸部の多くの地震の繰り返し周期が1000年程度以上であることを考えると、記録の最初期以外の地震に関しては、むしろ、当面は起こらない地震という区分けにはいることになる。とはいえ、どんな地震があり得るのかを知るためには記録を眺めることも悪くはない。

Webを探すと地震学会のサイトに、過去の被害地震の記録がある。そこから、かなり適当に関東付近の地震の記録を拾い出してみた。それぞれ、西暦年、マグニチュード、想定震源である

818 M≧7.5 北関東・赤城近辺?
この地震が関東付近の最古の記録らしい。津波があったという話があるために、相模トラフ沿いの地震とする説もあるが、内陸の被害が大きいらしいため、震源は内陸とする説もある。その場合には津波は山津波のことと解釈されている模様。赤城山南斜面にこの地震による地滑り跡かもしれないものが発見されているらしく、震源がその付近と主張する人もいる模様。

841 M7 静岡県駿東郡清水町柿田あたり、丹那断層説あり。
丹那断層は1930年の北伊豆地震でも動いている。貞観地震はこの30年程あとに動いているけれども、地震の規模と場所からすると、両者は関係がないと思って良いだろうと思う。
878  神奈川県厚木市上荻野 京都でも感じる。相模・武蔵中心
この地震は貞観地震の9年後に発生している。神奈川の内陸と考えられているけれども、断層は不明。この地震の再来が起こるかが気になるところ。

1240 鎌倉
1241 M7 鎌倉 津波あり
1257 M7から7.5 神奈川県三浦郡葉山町一色 大きめ。津波?
1293 M7 鎌倉 
1200年代に鎌倉の地震記録が多い。鎌倉政権が出来てそれ以前に比べて記録密度が大幅に増えたことが関係しているのだろうとは思う。1257の地震は津波もでているけれど、大正関東地震の鎌倉の被害と比べると軽いように思う。関東地震については、平均周期が400年と言われているけれども1703年の元禄関東地震の前が何処なのかがはっきりしない。818年とすると、1703年と900年の間隔があるので、間にもう一回欲しくなる。単純には1200~1300年頃が候補になるので、上記の中に含まれていて驚かないのだけれど。

1433 >M7 東京都大島町泉津原野 津波? 相模から鎌倉で被害
鎌倉期から江戸まで記録密度が少なくなっている模様。

1615 M6.5程度 東京都新宿区百人町
1628 M6 東京
1630 M6.3 板橋あたり
1633 M7 真鶴ブルーライン 熱海で津波、小田原被害大
1635 M6 東京
1647 M6.5 武蔵・相模
1648 M7 真鶴ブルーライン
1649 M7 所沢付近 川越被害大
1649 M6.4 生麦付近 川崎
1677 M8.0 房総東海上 茨城方面含めて津波
1697 M6.5 横浜磯子
江戸期になると記録が増える。結構都内震源もある。頻度を考えると現在に比べてかなり多い気がする。所沢のM7は注意する必要がある。まあ、1600年代に起きているということは、当面は生じないとおもってよいわけだけれど。

1703 M8程度 元禄関東地震
相模トラフの地震。房総沖まで動いてたと考えられている。少し興味深いのは大正関東地震の後には、山梨とか丹沢などフィリピン海プレートの境界付近の地震が発生しているのに、元禄関東地震の後には、その手の地震がないこと。

1706 M5程度 東京都江東区青海あたり
1767 M6 東京都墨田区石原
1782 M7 神奈川県足柄上郡山北町皆瀬川 前震あり。小田原城破損。熱海で津波?
1791 M6.3 埼玉県朝霞市仲町 川越・蕨で被害
1812 M6.3 横浜元町
1855 M6.9 有明テニスの森 安政江戸地震
東京直下型と考えられる地震。1894年の明治東京地震とあわせて再来が警戒されているタイプの地震。といっても、機構の詳細は分かっていない。明治東京地震に関しては震源が深いと思われているけれど、こちらは、あまり定かではない。

1856 M6.3 武蔵小金井付近 
1859 M6 見沼田圃あたり
1884 飯田橋あたり 煙突の被害大
1892 M6.2 千葉一之江あたり
1894 M7 両国駅付近 本所・深川で被害大
明治東京地震。沈み込んだフィリピン海プレートが関係しているように思われているらしい。
1895 M7.2 霞大橋付近
1915 M6 茂原あたり
1921 M7 ひたちの牛久あたり
1922 M6.8 鋸山付近 浦賀水道あたり
1923 M7.9 大正関東地震
相模トラフのプレート面地震。房総沖までは伸びていない。
1923 M6.8 山梨県南東部
1924 M7.3 丹沢付近
このあたりは、フィリピン海プレートとユーラシア(もしくはオホーツク)プレートの境界付近で発生している。そういう意味で大正関東地震に誘発されている印象があるけれども、同様のことが元禄関東地震で発生していないのは謎。
1930 M7.3 熱海付近、北伊豆地震 丹那断層
丹那トンネルの工事中に発生した地震。これで、丹那トンネルにずれが生じる。工事中に破砕帯から随分と水が湧出しているはず。通常の考えでは、水が出てしまうと岩盤の固着が進むので地震を抑制する側に働くはず。でも、なんか関連があてもよいように思えてしまう。
1931 M6.9 本庄児玉付近 西埼玉地震
1953 M7.4 房総沖地震 小津波
1956 M6.3 八千代台
1968 M6.1 高坂付近

さて、ここまでの地震を並べてみると、大正関東地震の後で90年程は東京は大きな揺れに見舞われていない。だから南関東直下型に注意という考え方もあるけれども、元禄関東地震の後で南関東直下型が北のは150年後なので、それを考えると、すぐには心配しなくて良いという考えも成立する。相模トラフと南関東直下型の関連については、集積されている情報が少なすぎる感じだ。
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by zam20f2 | 2011-05-08 17:09 | 科学系 | Comments(0)
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