二つの太陽炉

「たのしい科学」ともう一つの「科学」番組の舞台裏の見せ方を比較したついでに、今度は表側の見せ方を比較してみよう。
比較するのは、少し前の放送になるけれども、太陽光で調理をした回と、「たのしい科学」に出てくる太陽炉である。

大科学実験の方は鏡で集めた太陽光で調理をするだけである。殆ど、バラエティー番組の「やってみよう」コーナーの内容であり、これ以上の説明は不要というか不可能だと思う。一つだけ付け加えるとしたら、「太陽光で本格的な料理」と言っているので、そして、肉を焼くぐらいなら、民放の非科学的バラエティー番組ですら、普通にやっている内容なので、大規模実験を看板に掲げる大科学実験なら肉を焼くだけでなく、野菜に火を通すのや、ソースを作るのも、パンケーキを焼くのもすべて太陽光でやっているのだと思う。しかし、番組では残念ながら、それらの場面はカットされてしまったのか出てこない。ソースを煮込むには何日もかかるはずだから、番組中で肉を焼くのに太陽が雲に隠れたので困っているのよりは、はるかに大変な苦労があったはずだ。そんな苦労したはずの映像を惜しげもなく捨ててしまうとは、大科学実験のプロデューサーはただ者ではない。私の好みから言えば、数日間、人が太陽炉にへばりついて、夜はソースが腐らないように注意しながら、ソースを作るプロセスを見せくれたら、大科学実験を随分と見直すところだったのだけれど。大科学実験は、そこまでやるのかと思われるような画像を出したいらしいので、きっとやっていると思うのだけれど、放送できないような不具合でもあったのだろうか。また、パンケーキにしても、虫眼鏡で焼き焦げを入れるよりは、きちんと焼くところを見せる方が、より感動を呼ぶと思う。一番面白みのなさそうな画像ばかりを放映する、プロデューサーの考えが私にはよく分からない。

一方、「たのしい科学」には名古屋の工業技術試験所の太陽炉が出てくる。これは、太陽光をきちんと集光して、そこらに転がっているガスバーナーや、電気加熱では不可能な3600℃という高温を作り出す装置である。焦点のところに鉄板を入れると、それが火花を出しながら(といっても線香花火のショボイの程度だけれど)溶けていくのが画像として示されている。そして、その後は、セラミックの熔解実験の様子が尤もらしく撮されている
 ただし、この装置が出てくるのは、番組の一番最後。この回の中心テーマは鏡の不思議で、太陽炉に至るまでの間に、入射角と反射角が等しいことや、凸面鏡や凹面鏡で像が大きくなったり反転して見えたりする理由、凹面鏡と凸レンズが同じような働きをすることなどが伝えられている。太陽炉の前には、パロマ-山の巨大反射望遠鏡も出てくる。副鏡のところに人が乗っているその写真は、なかなか見応えのあるものだ。

二つを比べると、言うまでもないことだけれど、「たのしい科学」の方が、はるかに「太陽すげー」と感動できるものになっている。そこに出てくる太陽の力は、ものすごい。大科学実験が見せるような、ガスや電気器具が軽々と調理できるものを苦労して調理するのがやっとというひ弱な太陽像とは大違いである。

中谷は「簪と蛇」の中で自然に対する畏敬の念が科学する心持ちにつながると記しているけれど、確かに、太陽のとてつもない力を見せつけられた子どもは、これまでとは違った目で太陽を見るようになるだろうし、そしてまた、凹面鏡はそのあたりにないとしても、同じ働きをすると番組で紹介された凸レンズは身の回りにあるので、それで、太陽光を集めて遊ぶことを始めるかもしれない。耐火煉瓦を溶かすことはできなくても、黒い紙を焦がすぐらいは容易にできることなのだから。

一方で、大科学実験を見た後でやりたくなることがあるのか、私にはわからない。500枚の鏡を用意するなんて、個人では無理だし、パンケーキに虫眼鏡で文字を書くのは、鏡の話とは独立に出てくるので、鏡の話とは同じようには理解されないように思う。そして、そもそも、料理をするなら、コンロを使った方がよっぽど手早くできるのだから。

ここまで書いて、ようやく、私が大科学実験を好きになれない理由が分かってきたような気がする。どうやら、大科学実験を作っている人々は、科学に対する尊敬の念とか自然に対する畏敬の念の持ち合わせがないのだ。だから、法則のすごさを伝えようとする代わりに、見掛けのバラエティー性をとってしまうのだ。その結果として、科学を驚異的な感覚のものから、日常的な、お笑いタレントが出てくるバラエティーの対象のようなくだらない物に引きずり落としてしまっている。これは、本人達の意識がどうであるかはともかくとして、結果的には科学に悪意を持っていて、科学する楽しみから人々を遠ざけようとしている行為でしかない。

番組が、このようになってしまっていることについて、番組関係者で唯一、理工系のことに、通じていそうなエグゼクティブプロデューサーの羽岡伸三郎氏の責任は重い。そして、それ以外のプロデューサーの諸氏は小学校の理科からきちんと学習しなおした方がよい。なにしろ、裏話を読む限り、普通のプロデューサーには、先日、産経新聞に水力発電を永久機関と勘違いしているような印象を与える記事を書いた、安岡一成記者程度の科学リテラシーの持ち合わせしかなさそうなのであるから。
[PR]
by zam20f2 | 2011-07-02 19:24 | 文系 | Comments(0)
<< 二層構造 二光束干渉用対物レンズ >>