メモ 備忘録として

しばらく前に紹介した講演会の後で、お酒が入った席で耳にした、いくつかの話。備忘録として

日本で最初に薄膜トランジスタの液晶パネルを量産した会社は「ホシデン」だそうだ。1990年代前半の事で、アップルのパワーブックに搭載されたTFT液晶はホシデンの製品らしい。
この話をしてくれた人は、ホシデンの担当部長ができる人でアップルがこの製品を求めてきた時に、開発費の負担分も求めたという話をしてくれた。その話にはジョブスが登場したのだけれど、この時期ジョブスはアップルを離れていたはずなので、この話の真偽は微妙なところがある。
ホシデンの液晶パネルの製造は阪神淡路大震災で被害を受け、供給部品のトラブルなどもあり生産が回復せずに赤字がかさみ、フィリップスの資本導入を受けることになったという。確かに、ホシデンフィリップスという会社名は聞いたことがあったけれど、そんな事情があったとは知らなかった。

日本で液晶の産業化というと西の方のS社が有名だけれども、東のH社も古くから液晶を扱っていた会社だ。そのOBも何人かいらっしゃっていて当時の話が面白かった。
S社が最初に商品化した液晶はダイナミックスキャッタリングモード(DSM)という方式なのだけれど、H社でもS社には遅れていたとは思うけれど、その技術を開発して製造ラインも作りつつあったらしい。しかし、その後に出現したTN型の方が優れていることが明らかであったため、当時の現場の技師さんがDSMの作りかけのラインの製造を止めてTNのラインに作り替えたという。この話は大昔に聞いたことがあったのだけれど、その後H社の若い人に聞いても知らなかったで、真偽不明だったのだけれど、真偽を確かめることができた。
この他、H社では最初は液晶パネルの膜厚を定めるスペーサーとしてグラスファーバーを4辺においていたとか、Hさんが作った混合液晶H1号はロット毎に物性がまったく違っていて苦労したとか、それから、封入口などの光硬化樹脂は、もともと嫌気性接着剤(ロックタイト)に着想を得て開発されたとか。
この手の話は、知っている人がいなくなると永久に失われてしまう。それは、すごく勿体ないことで、もとH社の知り合いの人に、OB座談会でもやったら、とそそのかそうかと思いつつある。
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by ZAM20F2 | 2012-01-15 17:51 | 液晶系 | Comments(0)
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