Web上の科学記事を眺めていると、シャボン玉の干渉色や、偏光と複屈折物体による着色(偏光色)を「虹色」と表現している例が結構見られる。確かに、干渉色も偏光色も、複数の色が連続的に変化しており、その点では虹と共通点はある。また、虹という言葉は、色調だけでなく、譬喩としても肯定的な意味あいで多く用いられる言葉であるから、色々な場面で「虹」という言葉を使いたくなるのは理解出来る。
しかしながら、科学的な文脈で、虹とは異なる機構で生じる異なるスペクトル色の現象に対して「虹」という言葉を用いるのは、避けた方が良いのではないかと感じている。異なった概念や現象に同じ言葉を使ってしまうと、現象に対する誤認を引き起こす危険性があるからである。科学の世界では、言葉を厳密に定義されたものとして慎重に扱わなければならない。では、どのような現象に関して「虹」や「虹色」という言葉を使って良いかというと、個人的な感覚ではスペクトル色が連続して見えるような事柄であろうと考えている。 もちろん、中谷宇吉郎が昭和21年の青少年向け雑誌できちんと解説しているように、虹を、反射・屈折の作用だけで説明することはできない。そしてまた、このサイトの前の記事で紹介したように、反射・屈折だけでは、スペクトル色を作り出すことはできそうにないのであるけれども、それでも、水滴の中で反射・屈折が起こっていることは確かであり、また、限られた範囲かもしれないけれど、赤から橙にかけての色調はスペクトル色に近いものになるように思える。 身の回りにあるもので、スペクトル色を与えるものはプリズムか回折格子によって分けられた光である。回折格子によるスペクトル分解は、屈折率の分散を使っていないので、機構的には虹とは全くことなっているし、また、各々の色の広がりも、プリズムによって作られたスペクトル像とはことなっているので、本質的には「虹」という言葉を使ってしまってはいけないとも思うのだけれど、スペクトル色を与えるという共通項が残されているので、それに限定すれば「虹色」程度はつかってもよいかと思う。 回折格子は、別に専用の回折格子でなくても、CDでも良いし、それから、細かく織り込んだ布でもよい。たとえば、夜間に道ばたにたてられた宣伝の幟を通して車のヘッドライトを見ると、幟の布が2次元回折格子の役目を果たしていて、スポットが2次元のマス目の上で虹色に分かれるのを見ることができる。 プリズムによる屈折の方は、原理的にも虹に近いので、より妥当性を持って「虹」という言葉を使えるとは思う。ただし、普通サイズの丸形フラスコを使ってスペクトル色を見せて、それが虹の正しい原理だと説明するのはやめておいてもらいたい。ある程度以上大きなサイズの球や円柱に平行光線を入れると、特にフラスコの全面ではなく一部に光を入れると、きれいにスペクトル色が見えるけれど、上に紹介した反射・屈折だけでの記事に記したように、あまり大きくない円柱全面に光を入れると、残念ながらスペクトル色は再現できないからである。普通のフラスコでスペクトル色が見えても、それが屈折率分散によるスペクトル分離の説明にはなっていても、虹の原理の説明としては不正確なものなのである。 このような言い方に対して、虹の色に反射・屈折が関与はしているから、まったく間違った説明よりも、不正確な部分があっても正しい方向にある説明を行うことによって子どもは科学に近づくという考え方をする人もいるだろうとは思う。もちろん、その不正確な理解がより正確な理解へと向かうものなら、私も目くじらを立てるつもりはない。しかし、不正確な説明で安心すると、その説明の問題点を見つけ出して、本当の答へと考えを進めようとすることが阻害されるように感じている。まさに、中谷宇吉郎の言う「科学によって目をつぶされた」状態に陥ってしまいがちなのである。
by ZAM20F2
| 2012-07-16 08:25
| 文系
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Comments(2)
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おもしろ!ふしぎ?実験隊
at 2012-07-18 18:48
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なるほどと思いました。私も、空の虹とCDの虹は、原理が違うよと言いながら、同じ「虹」という言葉を使ってますね。虹という言葉より、ちゃんとスペクトルという言葉をつかえる時は、使った方がすっきるするのでしょうか。最近、同じ『虹』でも、水滴できる虹と、氷晶でできる虹では、偏光板での消え方が違うことを知りました。まだまだ、むずかしいです。ブログを拝見して勉強させていただきます。=^_^=
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ZAM20F2 at 2012-07-22 20:44
水晶は複屈折物質なので、反射後に偏光状態が変化するのかなと思います。
言葉というか、概念を間違って使っている時には、考ええにどこか間違いがあることも多く、虹に限らず慎重にと自戒をこめて思っています。
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