CASEと現実の間(メモ2)

物を見る視点は確かに「メタ認知」にからむ要素もあると思う。ただ、メタ認知というと、言葉が広くなりすぎてしまうので、もう少し具体的な視点から物を見る視点の例を挙げてみたい。
丸形の電気コネクタの中には、電極が対称についてて、電極だけを見た限りでは、どのような角度で取り付けて良いのか分からないものがある。そういう物は普通はコネクタの外周部分に切り込みがあって、正しい装着方向でないと装着出来ないようになっている。しかし、4ピン対称電極系のコネクタを接続するようにそばの人にいったら、全然取り付けてくれず、理由を聞いたら、どのように取り付けてよいか分からないと言われたことがある。思わず、「よく見てね」と応答をしたのだけれど、しばらく立っても、そのままなので、改めて理由を聞いたら「どんなに見ても、電極は4回対称でついているので、どうすればよいかわからない」と言われた。
また、少しずれた話になるけれども、BNCの端子のパーツには、取り付け部分の根元がその先のネジ部分より一回り大きな円筒形で、取り付け後に回転しないように円筒の一部が平に削られているものがある。BNCを取り付けたけれど、回ってしまうと言われて見たら、ネジ部サイズの穴しか開いていなくて浮いていたので、取り外して、穴をヤスリで円筒の一部を残すようにあけていたら、なんでそのようにあけているのか聞かれて、BNC本体を渡したら、根元の一部が平になっているのに気がついたらしく「この形に意味はあるんですか?」と聞かれたことがある。

2番目の例は、すこしばかり極端な気がするけれども、上記の質問に対しては「人のデザインしたものには必ず意味はあります」と答えたのだけれども、どうも、その信念の有無が、見えるものと、見えた物の意味の解釈に違いを引き起こしているように思う。もちろん、この信念は経験的なものだから、時には信念を裏切るようなことにあたって「この設計者はアホか」などと悪態をつくことになるのだけれど、通常は信念どおりのことが、時には予想を超える形で実装されるのを目にして「やるなー」とため息をつくこともある。「人のデザインしたものには意味がある」というのは、知識レベルとしては教えることができるもので(その後使ってくれるかは別として)、そういう意味ではメタ認知と呼ぶにはおこがましいような話なのだけれども、そして、それを教えることの有効性は確認していないけれど、こんな感じで、実は非常に広範囲の事に当てはまる、ちょっとした知識というのもあるような気がする。
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by ZAM20F2 | 2012-11-04 09:07 | 文系 | Comments(0)
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