「物理学対話」に見る1960年代後半の大学研究室

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本屋でふと目にとまった「物理学対話」を買ってきた。経済学部出身の学生さんが、出張のついでに母校を訪ねて物理の先生のところで、物理の話を聞くというストーリーの本である。本の目的は、文系の人にも分かるように物理を伝えることなのだろうけれども、実に、著者の意図とは違うところに目が行ってしまっている。
著者が勤務していたのは、いわゆる旧制帝大で、舞台背景は、その勤務経験に基づいて作られているのだろうと思うのだけれど、今とは違う印象があるのである。

まず、第一の違和感は、訪ねてくるのが経済の学生であるということである。通常のセンスからは、物理の先生と文系の生徒の接点は、低学年の一般教養科目しかない。そして、その一般教養科目は普通は大人数の講義であって、そこにいた学生の顔と名前を卒業後も覚えているとは普通は考えられない。また、学生の方も、それだけのつきあいの教授のところに、卒業後にのこのこ出向いて行くとは思いがたい。しかし、この本の中には、2人がサークルの顧問と学生であったというような、何か特別なつきあいがあったような記載はない。2人の関係は非常に不自然なものだ。上に記したように、文系の人にも分かるという点から経済の学生を選んだのかもしれないが、その割には本文中に多くの式が出てきて、多分、文系の人はフォローが困難だと思う。そうなると、経済の学生を出したのは著者の独り相撲だし、それが成功しているとは思いがたい。こんな背景設定に編集者は文句をつけなかったのかと不思議な気がする。もっとも、自然科学系の読み物については、特に大学の先生が書く物に関しては、編集者の存在が感じられることが少ない。極東の島国では、科学ライターさんが不在であるというのはよく言われることだけれども、その一つの原因は、編集者さんの不在なのかという気もしてくる。

さて、本文に移ろう。1960年代らしい描像として、教授は喫煙者で、話の合間にもたばこを吸っているらしく、時々「タバコの煙を天井にふきあげ」たりするのである。それ以外にも「タバコを吸いながら、B君のかいた第26図を見ていた教授は」などという記述があり、これなどは、B君が喫煙者じゃない限りは、受動喫煙の文句が来そうな光景である。幸いなことにB君も喫煙者で教授と一緒にたばこをふかしている。B君は一応、一流電気メーカー社員という設定なのだけれど、これが60年代の普通の光景だったわけで、確かに半世紀というのは、常識が変わるのに十分な時間である。

常識が変わったという意味では、「教授はおもしろそうに話し終わると、研究室の女の子に紅茶を注文しました。」、とか「隣室の女の子に発送をたのんで、部屋に帰ってきました」という記述も同様の可能性が高いように思う。というのは、この先生は理論の教授で、秘書をやというようなことはやっていなかったと思う。かつては、大学に先生付の事務官や技官もいたはずだけれども、そういう人の多くは、ある程度以上は年配で、「女の子」の年ではない。それ故、ここで、示されている女の子は研究室の女子学生である率が高いようにおもうのだけれど、どうだろうか。これも、今では、まあ、できない行為であろう。

ところで、この教授は政治的にはかなり保守的な人間のようである。著者は1925年生まれ。戦前の教育を受けて、理科系だから徴兵猶予で外地の戦争には行っていないのだろうと思う。で、大学紛争で追求される側となったけれど、何を追求されているのか分からずに八つ当たりをしているような印象がある。そのためか、勇み足に感じられる記述がいくつか見受けられる。たとえば、「若い人たちに人気のあるマルキシズムなども、この力学的自然観と深い関係があるのでないかと思う。しかし、自然はそんなに単純なものではない。現代の物理学ではこのような決定論は否定されている。」とか、「「古典物理学的な決定論とか必然論は崩壊してしまうことになります。これは自然観の変革というだけでなくて、人生観や社会観などにまで影響を及ぼすことになるのではありませんか。」「そうだと思うのだが、今でも100年前の考え方に固執している人が、若い人たちにもたくさんいるようだ。」A教授はこう言って、研究室の窓から外を見下しています。先ほどから、外がだいぶ騒がしいようです。また学生のデモでも始まった様子です。」と言った具合に、不確定性原理などを根拠に、マルクス主義が自然科学的に誤った認識の上に構築されており、本質的に間違っているという主張をおこなっているわけだけれども、これなどは、自然科学の仮説の範囲外への適用であるわけで、そしてまた、不確定性関係を人生観に反映させなければならない論理もないわけで、なんで、こんなところでそんな話をしなければならないのか理解に苦しむところである。これ以外にも「また他の人は、素粒子民主過ぎというものをとなえて、すべての素粒子はお互いに他の素粒子の構成要素となっていて、すべての素粒子は基本的に平等であると、日本の平和憲法みたいなことを言っている。」などという発言もあり、こうなると、八つ当たりされた日本国憲法が可哀想という気分になってくる。


その後の時代の変化を考えると、大学紛争は色々な意味での社会的変化の中の一つの表出として考えられる。という現在の目からみると、教授の態度は、自らが古典的な世界観に凝り固まっていて新しい考え方について行けないことを告白してしまっているようにも感じられる。

ところで、筆者は、阪大の出で、阪大の教授をやっている。となると、「また学生のデモでも始まった様子です。」なんて文章があると、あとにそれに関するオチがありそうな気がしてしまうのだけれど、それがなく、読んでいて欲求不満になる。ネイティブ関西人ではないにしても、それくらいの芸は見せて欲しかった。
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by ZAM20F2 | 2013-01-08 20:57 | 文系 | Comments(0)
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