1964年から72年におけるテーマソングの変化について

西の方の街に来ている。用事があるところまで
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で、乗り換えなしにいける宿を探していたら、最初に考えた宿は空きがなく、そこから更に2駅行った宿に落ち着いた。
この宿、駅前にも宿の傍にも店が全くないのが難点だ。駅から宿への暗い道をトボトボと歩いて振り返ると、駅の向こうに妙な光点がある。
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えっと、光る点だけでは何だかよく分からないので、朝に傍まで寄ってみた。
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カラスの集合場所になっているのはわかったkれど、これはちょっと寄りすぎ。もう少し引くと
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なかなか、どでかどんという感じに満ちている。開園前で、中に入れなかったけれど、柵越しにしばし眺めてしまった。


大昔に生で眺めて以来、バスの窓からは見たことがあっても、ガラス越しでなく眺めるのは40年以上ぶりの気がする。
ところで、これを見ると頭の中に「こんにちは、こんにちは世界の国から」という歌が響いてくる。三波春夫の歌った万博のテーマソングだ。三波春夫といえば、先代の東京オリンピックの歌もあって、これは「オリンピックの顔と顔、ドドンパドドンパ顔と顔」といった歌詞で、いずれも音頭系の歌だった。
それに対して72年の札幌冬季オリンピックのテーマソングはトワエモアが歌ったバラードで音頭のかけらはない。
70年から72年の僅か2年の間に、大きな文化的変化が生じた印象がある。何が起きたのかは、あんまりアイデアがないのだけれど、小熊英二だったら1968年に始まった文化の変動が72年に表に出てきたというかもしれないし、宮本常一だったら昭和三十年代の日本社会の生活様式の変化がオリンピックと万博に伴う出稼ぎなどを経て都会の文化が地方でも受け入れられるようになったと言うかもしれない気がする。
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by ZAM20F2 | 2013-09-10 21:07 | 文系 | Comments(0)
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