長野市内には東京オリンピックごろまでまともな江戸前寿司屋がなかったという話について

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大昔に読んだ本なのだけれど、この本によると高度成長の期間を通して東京近辺の給与所得者の所得は倍増したけれど、エンゲル係数は変わらなかったという。単純に言えば、インフレが起きて、多くのものの価格が2倍になったという話だ。とはいえ、東京湾内の埋め立てがすすんだ結果として、鯛は高級品となり、高度成長以前は夕飯に鯛を食べられていた層も成長後は、同じ程度のエンゲル係数の支出では鰯や鯖しか食べられなくなったという。高度成長を通して、食卓が貧困になっていったのだ。確かに、高度成長期を通して、工業製品の価格は低下して、かつては手の届かなかった商品が普通の家にも溢れるようになっている。その一方で手が届かなくなった品々があることにも目を向けておく必要がある。
ところで、この本とあわせて取り上げようと思っていたのは「長野市内には、東京オリンピックの頃まで江戸前寿司の店がなかった」事が書いてある本なのだけれど、見つけられずにいる。頭の中では
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だと思っていたのだけれど、確かに、流通形態の変化などが高度成長期に起こったことなどは記してあるけれども、長野市内の寿司屋の記述はない。
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にも、輸入品のエビが大量消費されるようになったのも高度成長以降である話や、流通形態でスーパーが初めて出来たのもその頃という記述はあるけれども、長野市内の寿司屋の話はない。外堀は埋められている感じなのだけれど、すごくもどかしい状態だ。
それにしても、これらの本を改めて読み返してみると、現在の日常的な日本の食事が、この国の歴史の中で如何に特異的なものであるかをしみじみと感じる。だいぶ前に、農山漁村文化協会の日本の食事を出した時に、戦前に普通にライスカレーがあったのは都会の一部で戦争によってカレーライスが日本全国にひろまったと記したけれど、食の国内での均一化が始まったのはそれより遅く東京オリンピックに向けての高度成長期でしかない。もちろん、そのころ以降に物心がついた島国の住人にとっては、それが大昔から綿々と続いてきたものだと思えるだろうけれども、決して島国の伝統的な食事ではない。まあ、こんなことを書きながら、電気・ガス・水道があり、生物力によらない交通機関があるのが当たり前と思っている時点で、自分の生まれ育った環境を疑わないという意味で同罪なのだけれど。
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by ZAM20F2 | 2013-09-16 21:56 | 文系 | Comments(0)
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