フルタ家のテレビにみた東京オリンピック以前の日本

 正月番組の中にフルタ家の不思議なテレビという番組があった。すでに松の内は過ぎ、小正月も終わってしまったわけだけれども、見た中で二つほど印象に残る場面があったのでメモ代わりに挙げておくことにする。
 印象にのこった画像の一つは通勤通学用の高崎線(だと思う)上り列車で、電気機関車(EF57かな)の引っ張る客車列車。当時の高崎線のダイヤからすると、その列車に乗り遅れると遅刻必至というタイミングで走っていたらしい。当時の客車であるので、ドアは手動である、というか、そもそもしまっていなくても列車は平然と走る。その列車を逃すと、遅刻となるので、人々はとにかく乗り込む。乗り切れないとドアの付近に立って手すりにつかまって、体は列車の外にあるような状況で列車は走っていく。
 車内は満員で、それを避けて洗面所の洗面台の上に座り込む人、さらには禁止札もなんのそので、機関車の後ろ側デッキにスズナリに乗車する人。人の山である。現在でも超満員のインドの列車ほどではないかも知れないが(流石に屋根の上には人はいなかった。これは、電化されていて、屋根の上は感電の危険があるためだろうと思う。それにしても現在の安全基準だったら、駅からまったく動き出せないような状況の列車が毎日平然と運行されていたのである。
 画像を見ながら、年に何件ぐらい事故があったのだろうかと真剣に考えてしまった。あるいは、戦後の超満員状態が記憶にあるから、あの状態が認められていたのかも知れないけれど、その当時の高校生だったら、電車の連結部分に乗っている画像をツイッターで流しても武勇伝などにはまったくならなかったに違いない。

 もう一つ印象に残っているのは、東京オリンピックを前に、マナーの向上を訴える映像だ。なにしろ、映像に出てくる街中は捨てられたゴミが散乱している。いい年した叔母さんが(ということは戦前教育を受けているはずだ)、買ったアイスクリームの蓋を開けたあとで、何のためらにもなく、そのまま道に捨てている。映像では、それを外国人が珍しがって、撮影しているところを紹介して、欧米人に対して恥ずかしいから止めるようにと言っていた。 極東の島国でないアジアの国でオリンピックをやるときに、その国の人々のマナーを揶揄するような書き込みなどが見られた記憶があるのだけれど、あの映像を見てみると、極東の島国で最初のオリンピックの時も、まったくそんな状況だったわけで、どうやらその国で最初のオリンピックをやるあたりが転機となって、いろいろな社会の常識が変わっていくものであるように感じられる。
 そういえば、ネットで見かけたエンパイヤステートビル工事の写真についてのコメントの中で、東京で工事でなくなった方の事故現場をプロットすると、(東京オリンピックごろまでの)地下鉄と首都高速の地図になるという書き込みがあった。確かに、東京タワーの工事の映像などを見ても、今に比べると安全管理が非常に緩いのが感じられる。すごく変な話だけれど、人件費と同じで人の命も安かったと云うことなのだろうと思う。

 それにしても、ほんの数十年弱の間に人間の意識というのは大きく変わるものだ。そして、それが大昔からの常識であると思い込んでしまうもののようだ。自分の住んでいるところが少し前にはどんなところであったかをきちんと認識しておきたいなと思うのと同時に、現在の常識の変化していく方向にも気をつけていたいなと思う。
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by ZAM20F2 | 2014-01-19 19:44 | 文系 | Comments(0)
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