少年技師の電気学のはしがき

少年技師の電気学は

「 雑誌「子供の科学」の読者が、添付の質問用紙に種々(いろいろ)の質問を認めて、毎月送ってよこされる数は夥しい数に上る。自分はそのうち、電気に関する解答を受け持っている者であるが、全体の質問のうち電気に関するものはかなり大きな割合を示して居る。しかし、限られた「質問と答」の欄で市場に発表して答えられるのは、せいぜい十二、三であって、誠に九牛の一毛にも足りない。自分は常に之を残念に思い、こうした人たちの要求にピッタリ合う書物の必要を痛感していた。
 然らば、之等所謂素人電気ファン乃至少年技師の要求を満たすのはどんな書物か? 世に多く在る通俗の電気書か? 然らず。では専門的な初歩の電気工学書か? 否。
 通俗の電気書は、一般的な事柄について廣く表面を一撫でしただけのものであって、彼等の如く実際に電気のいたづらをしたり、模型電気機器を作ったり使ったりする際に生じる色々の疑問を解くにはもとより足りない。さればと言って、専門の電気工学書は、一般に正面から開き直って説かれてあり、且内容が難解である。叉、よしんば彼らに理解し得る様にやさしく述べられてあっても、所詮それはすべて実物の電気機器を対象としているので、彼等模型技師の要求には添わない。
 茲(ここ)に於て、世間の斯うしたグループの人達に対しては、まづ一般の電気現象を、相当の深さまで、多少邪道的でもよいから出来るだけ常識に訴えて解説し、且あくまでも模型電気機器を対象として説明した可成り変則的の電気書が必要なのではなかろうか。
 本書は実に以上の様な特殊の要求に応ずる為に書いたものである。ただ、芝浦製作所へ勤務十一年、同時に「子供の科学」の電気的模型製作を指導すること六年に亘る筆者に、果たして右の如き書を執筆する条件が備わっているかどうかは第三者の判断に委すとして、本書が幾分でもこうした少年技師の役に立てば幸いである。
昭和十年七月
山北 藤一郎」

というはしがきから始まる。これが書かれたのは昭和10年であるから、山北さんは大正時代に芝浦製作所に勤め始め、昭和の初期から子供の科学に係わっていたエンジニア(ではなく技師ですね)であったわけだ。芝浦製作所の仕事と、子供の科学への関わりがどのように両立されていたのか、すこし興味があるところだ。

前書きで山北さんは専門的過ぎないで、でもきちんと考えるて実験をするのに必要な基礎を与える本が不在していると主張している。状況は80年近くたち、書籍の他にWeb情報なども増えた現在でも変わらないように思う。分かったような気にさせるかも知れないけれど、本質とはほど遠い素人による素人のための説明や、受け売りの説明はWebや入門書に満ちあふれている。専門書も星の数ほどあるけれども、まさにこの本が対象としている人向けの情報は、相変わらず限られたままだ。もっとも、世の中の変化の結果として、この本の対象読者の数も、減っているのは確かであるような気はするのだけれども、それでも、これだけ「科学教育」が叫ばれている中での非存在は、現在の科学教育に欠落しているものを改めて思い出させてくれる。

この本には、随分と高度な内容まで含まれている印象なのだけれど、山北さんの本がどのように受け入れられたかというと、アナログ世代の奇想怪説のバックナンバーに『工作の時代展を見て』という参考になる記事があった。記事によると、この記事を書いた人は小学校5・6年頃に山北さんの本に熱中して、夏休みの自由研究でモーターなどを作って友達や先生を驚かしたらしいけれど、逆に先生や友達が驚くということは、決して一般的な事柄ではなかったことを示している。その理由には、工作に必要な資材の価格と入手困難性だったことがあるようで、恐らくは、都市部の、それなりに裕福な家庭の子供しか工作にのめり込むことは出来なかったのではないかという気がする。とは言え、戦後に電気技術者となった記事主さんは、同僚の技術者の中に同様の経験を経てきた人々をずいぶんと見つけたようで、制約下で模型作りにはげんだことが社会に出てからも役だったと記している。戦後の工業の発達に対して、この本を始めとした誠文堂新光社のシリーズがそれなりの役割を果たしているような印象がある。


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by ZAM20F2 | 2014-07-22 21:41 | 科学系 | Comments(0)
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