会社の研究所でカッターナイフの使用が禁止されているという伝聞について また

少し前に「会社の研究所でカッターナイフの使用が禁止されているという伝聞について」に関するエントリーを書いた。それは、安全性の高そうなカッター用定木を見つけて嬉しくなってあげたものなのだけれど、アクセスログを見ていると、「カッター 使用禁止」などというキーワードでやってくる人がポツポツとおり、また、いわゆる質問回答サイトにも、カッターナイフの使用禁止をどう思うかなんて質問があったりして、どうも、カッターナイフ禁止は一つの会社の研究所だけではなく、もう少し広く社会に蔓延している現象であるようだ。

質問回答サイトのやり取りを見ると、回答者側は「労災になると企業イメージが低下する」「社員の安全を守るのは企業の務め」などと記しているのに対して、質問者側は「保護手袋着用」しているのまで禁止するのはおかしいし、危険なものが全部だめというなら、自動車の保有は何故許されるのだなどと反論していて完全に平行線となっている。

はたからやり取りを見てると、現場を知らず、何かを禁止するとどのような副作用が生じるか分かっていない総務系と、禁止によって右往左往する現場のいらだちという構図が見え隠れする状況になっている。どうやら簡単には妥協点見いだせそうにない。

カッターナイフは1959年に発売されたが、当初は印刷関係者が使う刃物でしかなく、学校の工作や事務作業で普通に使われるようになったのは1970年程度以降ではないかと思う。それまでの子供がどんな刃物を使っていたかというと、ボンナイフに始まり、肥後の守か切り出し小刀というルートだったような気がする。ボンナイフと肥後の守や小刀はずいぶんと性質の異なる刃物だ。そうした異なる種類の刃物を使う事により、刃物毎に得意とする作業分野があることを漠然とでも認識できていたと思う。もっとも、肥後の守や切り出し小刀は授業で使う刃物ではなかったので、総ての子供が、それらを扱っていたわけではないけれども、大人になってその手の業界に進むような子供はどこかでは触れていたのではないかと思う。しかし、カッターナイフが一般化するにともない、肥後の守や小刀に手を出す子供の数は大きく減っている印象がある。

カッターナイフは、もともとは印刷関連の仕事場で普通の紙を切る目的でつくられている。版下作業は今でこそディスプレイの中の作業だけれども、オフセット印刷の原版をつくる作業では、パーツを切り貼りして台紙の上にペーパーセメントで貼り付けていくことがよく行われていた。その作業時にはカッターナイフは必須の道具で、印刷関係者の間でカッターナイフがひろまったのは納得できるところだ。そして、手近に刃物があれば、鉛筆の先をとがらすのにそれを転用したりする。それは、カッターナイフの当初の使用目的からは外れる作業だけれども出来ない作業ではない。そして、当初の使用目的から外れる作業にも使えないことがない点がカッターナイフの普及をもたらすとともに、カッターナイフの事故も引き起こす原因になっている。

エヌティーにしてもオルファにしても安全な使用法についての注意をWebに掲載している。内容はエヌティーの方が充実しているが、両者に共通した注意点は刃を出し過ぎないことで、Webの図では、エヌティーの方は刃は1ノッチ以下が安全で2ノッチは駄目そうだし、オルファの方も、1ノッチは大丈夫で、4ノッチは出し過ぎの図となっている。

また、エヌティーの方は、こんな使い方は絶対やめようという図があり、そこには鉛筆を削る、二つ折りにした紙をペーパーナイフのような使い方で切ることが掲載されている。これら二つは多くの人にとっては、カッターナイフの普通の使い方として認識されるものだろう。

エヌティーは危険な使い方に関する動画も公開しているけれども、エヌティー、オルファとも残念なのは、危険とされる使い方に対して、どのような刃物なら安全に作業が行えるかの情報が示されていないこと。これでは、刃物に詳しくない普通の人は、危険と分かってもカッターナイフを使い続けることになる。

カッターナイフ以外の存在が忘れ去られた結果として、安全とは言えないカッターナイフの使い方が、平然と本に掲載されるようになっている。とある中学生向けの書籍では、植物の根を切断するための道具として提示されているのだけれど、

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図を見てのとおり、刃が4ノッチほど出た状態で表記されている。これは、この程度は刃を出して使うという指示になっている。この用途なら切り出し小刀か、包丁を使った方が安全な気がする。

同じ本には、鉛の錘を切断する図もある。

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ノッチ数は分からないけれど、明らかに刃が出し過ぎだし、鉛筆削りが「絶対やめよう」なら、これは絶対やめようの3乗ぐらいの使い方だ。一応、キャプションの方は「そぎ落とすように数回にわけて」と書いてあるけれども、図の方は、明らかに1回で切断してしまった図になっている。事故の時のアリバイ作りのためか「刃には注意する」と書いてあるけれども、どのように注意しているかを記していなければ、こんなことが書いてあっても作業者の安全にはほとんど寄与しない。これはナイフより金属ヤスリを使った方がよい作業だ。この本の著者は1970年生まれ。カッターナイフ以後の世代のようだ。もはやカッターナイフの事故は繰り返し蔓延する構造となってしまっている。

会社でカッターナイフの使用が禁止されている話に戻ると、管理側がやらなければならないことは、その作業が本当にカッターナイフの使用目的にあった作業かを確認し、使用目的外の用途なら、より妥当で安全性の高い刃物を探し出して、それを提示し、カッターナイフがベストの選択なら、その範囲で(だいぶ前に出したタジマのカッター定木などを導入するなどして)安全性の向上を図ることだろうと思う。それをせずにただ禁止するだけの管理部門なら悪態をつかれても良い。


安全に使う教育や、使っても大丈夫な人のチェック、そしてより安全に使える道具の提供などに比べれば、一律禁止は、その時点だけを考えると最も低コストな方法である。そして禁止によって生じた非能率化による損失などは、計測不可能なので表には出てこない。それ故、人事・総務的発想では禁止になっていくのだろうと思う。実際、回答者の言い方を眺めてみると「労災のない会社とある会社の品だったらどちらを買いますか」という問いかけはされているけれども「労災はないけれども面白くもない品しかない会社と、労災はあるけれども、面白い品を出している会社のどちらの品を買いますか」という問いかけはなされていない。カッター(は一つの例だけれども何か)の使用禁止によって生じるデメリットは勘案されていないのだ。こんな書き方をすると「カッターナイフの使用だけでそんな変わるはずがない」との声がやってくるだろうけれども、研究開発に対する組織としての対応という視点で考えれば、十分に違いが生じてもよいような事柄だと思う。


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by ZAM20F2 | 2014-08-31 12:48 | 文系 | Comments(0)
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