父兄並びに先生方に

海流の話のところで「小国民のために」は全部で10冊程度出ていたようだと記したけれど、訂正が2点生じた。まず最初に訂正しなければならないのは、「小国民」ではなく「少国民」だったことで、小学生の小ではなく幼少の少だったのかと思った次第。2つめの訂正は出ていたのは10冊ではなく、1954年にかけて24まで出ていたこと。少国民という言葉は広辞苑でも「(第二次大戦中の言葉)」 なんて書かれているくらいだから、戦後まで使われているのが意外なのだけれども、原子力と同様に戦後のある時期まではあまりネガティブな意味は持っていなかったのかと感じている。
さて、もし、この少国民のためにのシリーズの1冊を手にする機会があったら、まず本の最後の所を見て欲しい。そこには編集部からの趣旨説明と索引に関する注意書きが記されている。索引の方は明日に回すとして、今日は編集部からのこと。

父兄並びに先生方に 編集部

この本は読者として国民学校上級生と中等学校一二年生とを予想し、正しい科学的知識を与えることを目標として編集されました。
しかし正しい科学的知識を与えるといっても、諸科学の原理的な問題をそのまま年少の方々に理解させるということは、もとより不可能であります。また徒に細目にわたる詳しい知識を注入することも、困難であると共に無意義でありましょう。従ってこの種の本では、専門家のもつ科学的知識を平明化し簡単化するということが、どうしても必要であります。それだけに私共の最も怖れるところは、読者が、ここに与えられただけの知識を持って、取り扱われた問題をすべて理解しつくしたかのように考えることであります。そのような誤解の生じないように本文中にできるだけ注意はいたしましたが、この点については父兄並びに先生方の正しいご指導に俟つところが非常に多いと存じます。
なお、この本では科学的知識と科学的探求とを常に結びつけて理解させるように、特に努めてあります。学会で既に定説化した成果をただ平俗なものとして与えることが問題ではなく、経験を厳密に組織してゆく科学的思考を同時に体得させることこそ最も肝要だと考えるからであります。孤立して把えられた現象が一見関係なく見える他の事象と複雑に聯関していること、個々の現象が普遍的な法則の下に一様に支配されていること、かかる法則が長い歴史を通じて次第に発見されて来たこと、-こういう事柄を読者の理解力の及ぶ限り明らかにしたいというのが、実はこの本の主眼であります。この点については、直接読書指導にあたられる方々によって私共の力の不足を補って頂くことが、一層必要であろうと思われます。
私共の試みは、我が国の多難な次の時代を担当すべき今日の少年少女諸君に対する、大きな期待から生まれました。大きな期待から生まれたこの小やかな試みが、よき直接の指導と結びついて、許される限りの効果を発揮してくれることを切望してやみません。


これが本の後ろにある編集部からのお願いだ。編集部は単にこの文章をまとめただけでなく、本の編集にもかなり絡んでいるように思う。というのは、本によっては、著者が少国民を相手に口頭で話をしたのを速記記録して、それを編集部がまとめたものに著者が手をいれて作り上げているようなのだ。普通は速記記録をそのまま文字にしても本にはならない。それを編集部が上の方針のもとにかなり手をいれていたのではないかと思う。

また、シリーズの何冊かの本を読んだ印象では導入部分には歴史的なことや身近な話を入れており、それは共通している(そういう意味では「少国民理科の研究叢書」よりシリーズとしての筋が通っているかもしれない)。
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by ZAM20F2 | 2015-01-05 20:44 | 文系 | Comments(0)
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