地圖の話 少國民のために

地図の話の著者である武藤勝彦は戦前に陸軍測地部に所属し、戦後は国土地理院に移り、国土地理院の院長を務めた人物である。海流の話の日高も潮目の話の宇田も海洋学会の会長を務めた人物であるし、それ以外の本を見ても、その道の大家が関わっている。これは、今ではあまり考えられないことである気がする。
ところで、武藤が陸軍測地部に所属したのは、測地部が測量の近代化を目指して東大の物理に相談したときに、長岡と寺田から推薦されたためであったらしい。そして、宇田については寅彦門下の歌人であったらしく、また、中谷は言うまでもなく寅彦門下である。こうしてみると、これらの子供向けの本格的科学本の後ろに寺田寅彦が見え隠れする。

さて、地図の話であるが、ここでは戦中、戦後の版を織り交ぜて内容の紹介を行おうと思う。両者間での内容の変更はほとんどない。本は先ず宝島の話から始まる。
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そして、地図を理解できなかったら、宝島の話も破綻を生じてしまうであるということから地図へと話が進んで行く。
とはいえ、まっすぐに地図に移るのではなく、まず地球がどのようなものであったと思われていたかとか、どうやって地球の大きさを測ったのかという歴史的な話が続いている。
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その中には地球が赤道が膨らんだ楕円体であると理論的に導いたニュートンと、実際の測定から逆の結果を出していたカシニ父子の話なども含まれている。なぜこんな話が入っているかといえば、地球の形により、地図の座標位置の違いなどが生じてしまうからである。
それに引き続いて長さの単位の話が出て来る。ここで、前段の話を受けて地球が回転楕円体であるために、ある緯度の間隔の長さを測っただけではだめで、最低限2つのことなる緯度の地域で長さを測らなければならない説明が行われている。
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そして、本の執筆時では標準尺がカドミウムの発光から決まるという話へと続いていく。
ここまででは、実際の地図には直接に関係ない話であったが、ここから地図の歴史ということで、未開人、古代の地図へと続いていく。
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もちろん、日本の地図、特に推歩先生の事も忘れられていない。

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ここまでが第一部の概要である。

本は第二部になり、ようやく地図作りの実際に入っていく。とは言え、最初から本格地図ではなく、「学校からうちまでの地図」というタイトルで導線法による地図作製の話を始め、川の向こう岸までの距離を測るのには歩数を数える訳にはいかないので、三角形の相似を使った方法が必要であるとして、三角測量へと進んで行く。
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三角測量についても、単に手法を示すのではなく、そのやり方の変遷を示し、ガウス(あの数学者のらしい)がそれまで教会の尖塔を目印にしていたのを、太陽光の反射を使うヘリオトープを発明して革新をもたらしたという話が出て来る。
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それから、三角点の紹介に移り、全国三角網なんて図もでてくるのだけれど、驚くべき事にここには北海道が出てこない。
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ということは、どうも、昭和16年ごろには北海道はまともに測量されていなかったということになるわけだけれども……本当だろうか(不思議なのは戦後にでた改訂版でも北海道が欠如していることだ。)

三角測量だけでは、それが地球のどこにいるかは決定できない。そこで、天体測量が必要になる。というわけで、続いて天体測量により緯度と経度を決定する手法が述べられている。
そしてまた、三角測量だけでは、元となる長さが無い限りは縮尺を決められない。その元となる基線測量の話がつづいて出て来る。

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これを見ると、ある時代までの地図は明治15年に作られた相模野基線から始まったことが記してある。
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これは神奈川県の下溝村と座間村の間の5210mの線でここをまっすぐな基線路を作り、エーデリン尺というインバー(鉄とニッケルの合金。熱膨張係数がすごく小さい)の針金で測っていくという手法が紹介されている。ちなみに、このような測定で基線全長に対して、誤差1/100万(ということは6桁だ)しか許されていないそうだ。

ちなみに基線は全国で20本作られているそうで、これは、三角測量の角度誤差で長さが狂っていくのを防ぐためであるそうだ。

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三角点には一等、二等、三等がある。それらの三角点の場所をどのように決めるかの話があり、それには長期にわたる幕営生活を要求される。

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測夫とともの作業が測夫への感謝とともに記されている。

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三角測量に続いて水準測量となる。
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水準器といった機器の紹介もあるけれども、海抜0mを決めるところから験潮所の話も紹介されている。

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最後の仕上げの部分では投影法の紹介と、さらに地形測量の話が出て来る。
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三角測量だけで、道路などが書き込めるはずがなく不思議だったのだけれども、地図の骨組みが出たところで、簡易的な測量道具を持って現場に行って目立つポイントを図に書き込んで行くのだ。ここで使われる簡易的な道具は照準儀と呼ばれるもので、これは、このWebでだいぶ前に出した簡易測猟具そのものだ。
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この本によって、ようやく持っているものの素性と用途が明らかになった次第。照準儀の測量では導線法と交会法が使われるとのこと。さらに水田、桑畑などといった各種記号の紹介や等高線の意味合いが記してある。
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最後の章では写真測量についての紹介がある。戦前の版にすでに写真測量の話があり、戦後の改訂版で、そこの部分が詳しくなったのではないかと期待していたのだけれども、ほとんど変わっていない。


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by ZAM20F2 | 2015-02-16 21:48 | 科学系 | Comments(0)
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