日本の稲(3) 少国民のために


その先で、いよいよ掛け合わせによる品種改良の話が始まる。
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ここらあたりは、メンデルの話とともに習った記憶はあのだけれども、本によれば一つの性質(たとえば寒冷地耐性)に関与する遺伝子が1個なら習った記憶のある教科書にあるような比較的単純な図でよいのだけれど、発現に複数の遺伝子が絡んでいる場合には、事態はもっと複雑になると言う。
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書かれているのを見てようやく納得するけれども、雑種1代ではだめで、2台目で希望のものが出てくることが図で示されている。さらに3種類以上の遺伝子が関係するものでは、さらに話が複雑になることが記されている。


稲の場合は自家受粉で、しかも開花が数時間しかないため、掛け合わせのために他家受粉をするのには、2種類の品種を同時に開花するように調整し、その上で一方の品種を処理して花粉を殺して(あるタイミングでお湯につけるらしい)自家受粉をしないようにした上で交配をする必要がある。
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この掛け合わせができるようになるためには、開花時期の調整要因が分からなければならないなど多くの科学的背景が必要となる。それが明らかになっていくのは昭和になってからで、それまでの品種が基本的に見いだされたものを純系にしていったものである理由も納得できるところだ。
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なお、掛け合わせた結果としていろいろな組み合わせのものができるので、その中から優れた物を純系淘汰して選抜していく。
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続いて、交配により生み出された品種の話がでてくる。まずでてくるのは陸羽132号でこれは愛国から純系淘汰で作られた陸羽20号と亀の尾の掛け合わせである。

亀の尾は今でこそ、酒造米として復活を果たしたが、かつての優良品種で、酒造米としてだけでなく、食用米としてもよい食味を持っているという。
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陸羽132号と森多早稲を併せてできたのが農林1号でこれは、日本の米作りを安定させるのに大いに役立った品種だそうだ。この品種は新潟で作られたものだが、その背景には、秋に信濃川の氾濫があると刈り取りまえ田が水に浸かり、収穫が望めなくなる一方で、氾濫前に刈り取りができる早稲では生育期間が短いために晩稲に対して収量が上がらないという問題があり、農家はばくち的に晩稲の栽培をしていた。そこで、収量もよく食味もよい早稲的な品種をつくるべく、亀の尾の血を引いて食味がよく、冷害にも強い陸羽132号と早稲として収量の多い森多早稲を掛け合わせる事としたらしい。

農林1号の開発者は、その後に子どもを残して死んでしまうのだけれど、農林1号のおかげで安定した米作ができるようになった農家から子どもの奨学資金の寄付が集められたそうだ。

農林1号と農林22号の掛け合わせから生まれた品種の農林100号がある。また、同じ組み合わせから生まれた奥羽224号と東北54号の掛け合わせが農林150号である。農林100号と150号と言われてもぴんとこないだろうと思うけれど、コシヒカリとササニシキと言えば、農林1号のすごさが伝わるのではないかと思う。


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by ZAM20F2 | 2015-02-22 17:56 | 科学系 | Comments(0)
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