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東京名物食べある記に見る昭和初期の食堂事情

食べ歩き情報を見る趣味はあんまりないのだけれど、どうしたはずみかkindle本のお勧めに出てきて思わず買い込んでしまった。元の本は国会図書館のサイトで無償公開されているので、ネットにつながった状態でぼーっと読むのには良いのだけれども、電車に乗っている時にkindleでアクセス出来ないので、買い込んでしまった。
普通のキンドル本と違って文字情報ではなく画像ファイルなので、拡大できないし、文字がつぶれかけているようなところもあり読みやすい物ではない。
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この本、出版は昭和の初め。関東大震災後に東京では食堂や飲食店が一気に増えたらしく、普通の家族がそれらの食堂に出かけるためのガイドとして、時事新報家庭面に「食堂めぐり」として、引き続き「名物食べある記」として連載したものをまとめたものだ。

名物食べある記の方は、グルメ本で紹介されるような名店にも行っているのだと思うけれど、食堂めぐりの対象となっているのは、デパートの食堂とか大衆食堂など、今の感覚で言うなら、ファミレスから、牛丼、中華系チェーン店なんかもまな板に上げられているという感じのものだ。まな板の上げ方は凄まじく、あるデパート食堂の評価は
S「香の物寿司はこの食堂の名物だが、Mさんどうです?」M「名物に甘(うま)い物なしの譬えに漏れません」……中略……H「ビフテキは御飯又はパン付きで五十銭、定価から云ったらこの程度かも知れないが、家庭料理の域を出ない、」……中略……H「いまの林檎はもう駄目でしょう。今時果物に林檎を出すなんてとんちきだね、それにバナナをあしらうなんて、果物と季節を知らなすぎる」
などと鬼のような評価がならんでいく。もちろん、中には評価の高い店もあるのだけれども、有名店でも、その店の売りの品を頼んだのに板前が立て込んでいるといって断られたのを正面から批判する一方で、料理にはきちんと「御膳は流石にうまい」とか「てんぷらも結構」などと評価しているあたり、ブレがない。

鮨屋も出ている。京橋幸鮨は夜40銭でにぎりは、あなご1,マグロ2,たまご1、あかがい1,香ずし2。いっぽう両国橋より東の與兵衛ずしでは、並50銭で、のりまき二つ、まぐろ、こはだ、いか、アナゴという内容。数からすると、寿司一つ一つが今より大ぶりなのではないかという気もする。デパート食堂のビフテキと同程度の価格、まあ、安くはないが、いまほど高くない気もする。

興味深いのは、與兵衛ずし。「久夫はまぐろを突いて「之はトロと云うんでしょうかね」と頬張って「中々美味いが高い」とほめるのやらけなすのやら」という記述がある。トロは戦前には、安い食べ物だったと聞いたことがあるのだけれど、この記述が、普通のマグロに比べて高いことを意味するのか、それとも、安かったはずなのに、それほどでなくなっていることを記しているのかが知りたいところだ。ただ、いずれにせよ、昭和の初めにはトロが寿司として食べられるようになっていたという記録にはなっている。

今でも食べられているものもあれいば、姿を消した物もある。雑司ヶ谷芋田楽と雀焼き、目黒栗飯筍飯なんぞは素朴な感じのするものだけれど、昭和の初めには、雑司ヶ谷辺りで里芋栽培や雀取りが、そして目黒では栗や筍の栽培が普通に行われていたのだろうか。目黒は、流石に秋刀魚は出てこない。
驚いたのは、ももんじい豊田屋。ここで、一行は羆、猿、猪を食べている。ツキノワグマなら現在でも食べさせるところがある気はするのだけれど、羆は聞いた気がしない。そして、猿はなおさらだ。羆は、北海道にしか生息していないので、北海道からそれなりの時間での輸送が可能になるまでは東京で食されていたとは思えない。ということは、文明開化以降の出来事であるはずだ。豊田屋で犬や猫は出てきていないので、羆にしても猿にしても、ある地方では食べられていたものを提供していたのだろうと思うのだけれど、羆は北海道で食べられていたのは分かるとしても、猿は何処で食べられていたのだろう。そしてまた、それを東京で食べさせるのが商売になっていたのも、なかなかの驚きだ。


追記:豊田屋さんは「もゝんじや」として現存している。グルメガイドによると、猪、鹿、熊肉などが出されている模様。熊が月輪か羆かは不明。
by ZAM20F2 | 2015-06-23 22:09 | 文系 | Comments(0)
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