日立と諏訪セイコーの液晶開発初期の話も聞いてみたい

世界初の液晶電卓はシャープ製ということで、液晶開発物語というとシャープのみが脚光を浴びていて、内容の正確さには一部疑問もあるけれども、プロジェクトXで取り上げられたりして世間に広まっているけれども、実は日立や諏訪セイコーにもシャープ以上に面白いドラマが転がっているのではないかと思う。

シャープが開発した液晶電卓は動的散乱モード(DSM)によるものだった。DSMはセル中の荷電不純物を、外部電場によって動かして液晶の配向乱れを引き起こして白濁した状態を作り出す方式である。電荷の動き、即ち電流がが表示の根本にある。

シャープが液晶電卓を発売したのと同じ年にセイコーブランドの液晶腕時計が販売された。こちらには、ねじれネマチック(TN)モードが使われていた。TNモードでは電場による液晶の配向方向変化が表示の根本にある。電荷の流れではなく電界による配向変化が根本のため、電界効果型モード(FEM)とも呼ばれている。

DSMとTNを比べると、電流が流れて散逸が起こるDSMモードに比べて電界効果型のTNモードの方が消費電力が少ない。また、不純物を混入しなくても動作するので寿命の点からも有利である。その後の液晶ディスプレイはTNモードが主流になり、今でも時計や電卓の表示はTNが使われている。広い視野角が要求される用途には、IPS型やVA型も使われているが、それらも電界効果型であり、TN型の系列につながるものである。

同じ液晶表示といってもDSMは現在の液晶ディスプレイにつながることなく消え去った方式であるのに対してTN型はその後の液晶表示へ大きく発展して、現在のディスプレイにつながっているのである。この観点からは、日本で現在の液晶の利用に直接つながる液晶ディスプレイをはじめて製品化した企業はシャープではなくセイコーであるとも言える。

セイコーの液晶時計の液晶モジュールは、諏訪セイコーにより作られたものだろうと思う。そして、諏訪セイコーに続いて1975年にカシオからTN型液晶を搭載した電卓が販売されている。この表示ユニットは日立から供給されているのではないかと思う。シャープも翌1976年にはがTN型液晶ディスプレイを出し、その後も長らくTNを使っていた。

シャープでTN型の開発が遅れたのは、液晶研究者が実用化されたDSMモードの工業化にかり出されていた為もあると思うのだけれども、極東の島国における液晶産業の勃興を考える上で、諏訪セイコーや日立にも、もっと目が向けられるべき存在だと思う。

伝え聞く話なのだけれど、日立ではDSMの研究もやっていて、製造ラインも作りかけていたらしい。ということは、日立でも寿命の問題はクリアーできていたはずだ。直流駆動では寿命問題のクリアが困難である以上は日立も交流駆動を考えていただろうと推測できる。不純物を混ぜた液晶による長寿命化は、プロジェクトXで世間に広まったような新人のミスがなくても実現可能な話であったのだろうと思う。

日立でDSMの開発がどのように行われたかも興味はあるのだけれども、それ以上に興味があるのは、どういういきさつでDSMの作りかけのラインを止めたのかということである。日立でDSMモードのディスプレイユニットを出さなかったのはTN型の方が優れていると判断した技術者が作りかけのDSM型ラインを止めてTN型のラインに変更したためと間接的に聞いた事がある。この時に、どんなドラマがあったのかは非常に面白いところではないかと思う。

日立は、その後に時分割駆動など液晶ディスプレイの発展に大きく寄与した技術開発を行っている。「液晶ディスプレイの技術革新史」によれば、日本における液晶研究の黎明期(1976年まで)の重要な特許数は日立が5件であるのに対してシャープは0件である。日立と諏訪セイコーの液晶開発物語りはもっと研究されて記録として表に出てくる価値があると思う。


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by ZAM20F2 | 2016-01-02 09:43 | 液晶系 | Comments(0)
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