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復活

ペンが修理から戻ってきた
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ペリカンのレベルペンL5。キャップをとると
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ペン先は銀色だけれども、14K白金コートだったと思う。インクが漏れるようになってしまい、シャツのポケットが青くなってしまい、しばらく放置されていたのだけれど、発作的にペリカンドイツのWebに問い合わせをしたら、日本支店からメールがやってきて、目出度く修理できることが分かった。
このレベルペン、本体はポリカーボネートで非常にタフ。またインクタンクの容量が多い上に中が見えるので、突然のインク切れで途方にくれる事もない。実用的にとても優れた万年筆なのだけれど、どうも、万年筆と実用性は現在では相反するらしく、不人気で廃盤になってしまっている。
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by zam20f2 | 2010-07-25 09:05 | 物系 | Comments(0)

見れども見えず

『たのしい授業』の7月号に「見れども見えず コインの数字」という板倉氏の記事があります。ここでは、このテキストの解読を試みて見たいと思います。 テキストを解読するにあたって、どのような立場に立つかで、解釈は随分と異なってきます。そこで、なるべく中立な立場になるように、肯定的、批判的な二つの視点でテキスト解釈を行ってみようと思います。

 このテキストは五円玉のみコインに算用数字の金額表示がない理由を巡る話です。板倉氏は、「五円玉が日本古来のお金である一文銭を模したもので、それは、担当者が敗戦というショックを乗り越えて日本の伝統を守るために行ったことで、江戸時代の一文銭には算用数字はないので、五円玉にも算用数字がない」との仮説を示し、その根拠として、五円玉には一文銭と同じに穴が開いていることと、五円玉の重さは一文銭と同じく一匁(3.75g)であることを挙げられています。

 まず、五円玉と一文銭を並べてみましょう。ついでに、第2次世界大戦前の穴あきコインの一つである十銭白銅貨も並べてみました。五円玉の直径は22mmで十銭白銅貨は22.12mmなので、僅かに違いますが、ほぼ同じです。重さは両方とも3.75g(一匁)です。ちなみに、大正期から貨幣の規格に尺貫法が使われるようになったらしく、メートル法で考えると極めて半端な十銭白銅貨の直径も尺貫法だと0.73寸となり、少しは納得できる値となります。十銭白銅貨の表記も漢字のみで算用数字はありません。
 これらに対して一文銭は大きめで、そして、真中の穴も四角という違いがあります。また、コインとしての図柄を見ても寛永通宝は表に名称、裏に文という文字だけでシンプルなのに、十銭と五円はデザインが入っています。
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 板倉氏の説に批判的な見方からこの3つを比べると、五円玉は一文銭より十銭白銅貨に似ており、江戸時代の通貨ではなく近代通貨の系譜に連なるものとなります。また、戦前の穴あきコインに一匁のものも存在しますし、穴無しコインでも一匁のも存在するので、五円玉の重さが一匁なのは、江戸時代の貨幣を復元するためでなく、極めて当たり前に使われていた値を使っただけと推測できます。さらに意地の悪い見方に立てば、板倉氏が五円玉と寛永通報で穴の形状が異なることを明示的に議論していないのは、自分に都合の悪い情報を意図的に無視するという、科学者としてフェアではない行為をしていると理解されます。
 一方、板倉氏の説に好意的な見方からすると、五円玉と寛永通宝の違いは表面的な物です。というのは物理学では質量保存則はあるのに長さ保存則がないことからも分かるように、物の質量の方が本質的な値だからです。従って、直径の違いは質量に比べればささいな問題です。また、穴が四角であるか丸であるかについては、位相幾何学的には穴の形状にかかわらずトーラス形状に分類されるので、同一であると判断できます。つまり科学の目を持ってすれば両者は同一です。では、十銭白銅貨の存在はどのように考えればよいのでしょう。これについては、幾つかの可能性がありますが、板倉氏も指摘しているように、明治期のコインには算用数字があったのが、大正期にコインの算用数字が一旦途切れることを考えると、この十銭白銅貨も、五円玉と同じように当時の造幣局の職員が江戸時代の一文銭を模範に作ったものと考えるのが自然です。明治期の硬貨は、諸外国からの干渉により開国し、諸外国の制度を真似する過程で作られたので算用数字が入っていますが、大正期になり日本の国力が増加し、日本古来の歴史を意識する余裕が生まれたのだろうと思います。
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  板倉氏は五円玉が一匁だという事実だけでは、自分の説を強調するのに不充分と思われたのか、続いて拾圓札という飛び道具を繰り出して議論を展開します。この段落は、終戦直後の造幣局に、敗戦の悔しさをお札のデザインに密かに潜り込ませた可能性があることを主張するためのもので、昭和21年発行の拾圓札にまつわる噂を紹介しています。さらに拾圓札にまつわる話は1963年に国会で取り上げらていることを紹介し、戦後期における日本の状況を示し、五円玉に算用数字がないことにも十円札と同様に占領軍に対する密かな抵抗が含まれている可能性が高いことを主張しています。
 批判的な立場からこの段落を評価すれば、ナンセンスの一言になります。拾圓札には板倉氏が紹介されている以外の都市伝説もありますが、「フリーメーソンと1000円札」など、現在のお札に対して流通しているものと同レベルの話でしかありません。また、国会で取り上げられたという話も、疑似科学の人が自らの主張に権威を持たせようとして「学会で発表した」とか「何とか博士も認めた」というのと同じ手法であり、真っ当な科学をやっている人々からはさげすまれる手法です。厳しい言い方をすれば板倉氏は詐欺師の仲間入りをしたと言わざるをえません。
 一方、好意的に考えようとすると、科学の方法論というものは、決して固定的なものではなく、時代と共に発展するものであり、板倉先生は現代の硬直した科学研究手法に活を入れるべく、発想手法が硬直した科学者から見れば、疑似科学の議論と区別がつかないような議論をあえて行われているという解釈もできるかもしれません。
 
 拾圓札の議論の後で、自らの主張を繰り返されてから、「しかし、必ずしもそう考える必要なないようです」と板倉氏は議論を続けています。通常は、このような記載の後には、「五円玉が一匁なのは、当時に尺貫法が生きていたためで、数字表記ではなく、漢字表記なのは、その前身の穴無し五円玉も何故か数字がなかったのを引き継いだためだ」などという対立仮説が出てきて、実験や事実に基づいて対立仮説が打ち砕かれる流れになると期待されます。ところが、議論は予想外の展開をしていきます。こういう所にも読者の予想を裏切って興味をかき立てるテクニックが活用されているように思います。

 板倉氏はここで、戦前の硬貨に算用数字が入っていたかを質問として提示しています。これについて事実をまとめると、明治期の硬貨には補助的に算用数字が入っていますが、大正期から終戦までの硬貨には算用数字はなくなっています。そして、終戦後に出た硬貨から算用数字が戻ってくるのですが、明治期の硬貨とは異なり、大きな数字で書き込まれるようになります。板倉氏は終戦後のコインに算用数字が入ったのは占領軍の指示によるものだろうと、記されていますが、確かに、占領軍の兵士が日本で買い物をすることを考えると、お金に大きく算用数字を入れることは彼等のために必要であったと考えられます。もっとも、急に算用数字をいれるのは、デザイン的に楽ではなかったようで、昭和二〇年発行の稲十銭アルミニウム貨など、10を無理に入れた感じがします。
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 ここで、板倉氏は現行のコインの発行初年度の年数を示して、五円玉が現行硬貨では最古であることを指摘した上で、最古であることが算用数字が入っていない理由にはならないことを、五円玉以前に発行された50銭や1円の黄銅貨の存在を指摘して示されています。つまり、五円玉以前に算用数字を表記した硬貨が発行されているにもかかわらず、算用数字の5がないので、そこには、特別な理由の存在があるはずで、穴あき形状と重さを考えると、江戸時代のお金を起源とするためであると考えるのが自然であるとの主張を繰り返されています。
 ここを読んで感心したのは、仮説の適用範囲という問題で、江戸時代の一文銭はそれ以前の穴あき貨幣に起源を持っており、さらに遡ると和同開珎まで遡るものになります。その和同開珎は中国のお金の模倣なので、一文銭の起源を遡り過ぎると、日本ではなく中国の伝統を守ろうとしたという話になってしまいます。もちろん、中国の伝統を守ろうとするなら、算用数字がないのは自然でありますけれど、そうなると、戦後の日本の造幣局には中国系の人間がいて、密かに中国の伝統を守るために、五円玉を一匁の穴開きにして算用数字をいれなかったという主張になってしまいます。これは、さすがに荒唐無稽というもので、板倉先生のバランス感覚の良さに改めて感動する次第であります。また、戦前の拾銭白銅貨の流れを汲むもので、それは、大正リベラリズムの再現を目指す物だとの主張も可能かもしれませんが、算用数字が入っていないことに対する説明としては少し弱い気がします。
 
 ところで、穴あき五円に算用数字がないのは事実ですが、その前身の穴無し五円にも算用数字はありません。また、穴無し五円の重さは4gで一匁ではありません。 板倉氏は穴無し五円に算用数字がないことは、算用数字のあるコインを10円のように算用数字で、無いコインを五円のように漢数字で表記することにより区別する表記法を導入して、穴無し五円にも算用数字がないことを示してはいますが、その理由についてはまったく触れておらず、また、注意しない限り見過ごすような構成にしています。
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批判的に捉えれば、これは板倉氏の詐術の一つであり、都合の悪い事実を一応は記しながら、意識に残らないようにするというかなり高度なテクニックです。好意的にみれば、穴無し五円は穴あき五円とは別の話で別の理由があるはずですが、それは穴あき五円の理由とは違うので、ここでは取り上げなかったと理解できます。
穴無し五円玉に算用数字が入っていないのは非常に不思議なところです。それ以前に発行された五銭や五十銭は算用数字が入っているので、デザイン的には困難ではなかったはずです。
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ちなみに、板倉氏は昭和32年発行の鳳凰百円銀貨も漢数字のみの百円という表記にしていますが、実際の鳳凰百円硬貨には算用数字の100が入っています。
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この鳳凰百円硬貨は印象として明治期の硬貨を彷彿とさせる印象を与えるもので、明治期の硬貨のように100Yenの表記も周囲に小さく入っています。それにしても、何故板倉氏は鳳凰百円銀貨に算用数字表記がないとしたのでしょう。批判的に考えれば、実物をきちんと調べないで、思いこみのみで記事を書いていることになりますから、実験者として失格ということになります。5円の重さが3.75gであることを示す実演などをやっているヒマがあったら、きちんと硬貨に何が記されているかを観察すべきです。
一方、好意的に考えると、先の方で「本当のことは本の中に書かれているとは限らない。むしろ文書というものはウソを書き残すために書かれることも多い。」と記しているのが、この部分の伏線になっています。つまり、自らのテキストにウソを紛れ込ますことにより、前半部分で記したことの真実性を自ら実証するという高度なテクニックです。ちなみに、そう考えると、「五円玉は一文銭由来」という主張も、実は真っ赤なウソで、板倉氏は自分できちんと一文銭と五円玉、そして戦前の拾銭白銅貨などを観察して、どれだけの人が記していることのウソに気がつくのかを密かに伺っているのかもしれません。

  ここまでで、五円玉に算用数字がないのは一文銭を模倣したからという説明は終わり、突然に米国コインに算用数字が表記されているかという問いかけがなされています。板倉氏によれば現行の米国コインには額面が算用数字で表記されているものは全くないそうです。これは、板倉氏も指摘されているように、その国の人にとっては見慣れた物は細かい所を見る必要がないので、日本人がコインの額面を通常は形状で見分けているのと同様に米国人も形状で見ていると思えば納得できることであります。
 それにしても、何故に米国のコインの話に飛んだのかといぶかしがっていますと、米国コインに算用数字がないので、日本のコインでも一つぐらいは算用数字がないのがあってもよいだろうという理由で五円玉のデザインを変更しないのだろうと結ばれています。批判的に読めば、まったく関係のない話をつかった極めて非論理的な内容でしかありません。しかし好意的に解釈すると実は板倉氏は日本が現在も米国の属国であり、米国の意向をもとに政府が物事の判断を行っていることを伝えようとされているように思えます。断言していないのは、断言してしまうと、それが知られることをいやがる米国政府の手によって板倉氏が危険にさらされる可能性があるからだろうと思います。その危険を覚悟で非論理的と思われるような文書をあえて発表する板倉氏の行為には心から敬服する次第です。ところで、この考えに従えば、昭和32年に発行された鳳凰の百円玉が、僅か2年で100という数字を大々的に表記した稲100円になったのもアメリカの指導によるものということになりますが、その時にも、造幣局の密かな抵抗によって、五円玉はお目こぼしになったのだろうと思われます。
 さて、五円玉に算用数字がないのは、江戸時代のお金を模倣したためでしょうか。
 信じるか、信じないかは、あなた次第?!
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by zam20f2 | 2010-07-25 07:14 | 文系 | Comments(0)

にている

不謹慎とは思いつつ……………
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こんなところに、すーざん・ぼいるさん
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by zam20f2 | 2010-07-23 06:38 | 物系 | Comments(0)

自然主義非リアリズム

まあ、動物の像だから自然主義ぐらいかな
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で、どうみても非リアリズム
こちらにも
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by zam20f2 | 2010-07-21 21:10 | 街角系 | Comments(0)

Fセンター

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売店の横のショーケースの中。アルカリハライドの結晶。ブルーの着色は何のFセンターなのだろうか。売っていたら、かなり高くても買い込んだと思うのだけれど、売店には粒状で自然着色か人工着色か分からないようなものしかおいてなかった。波蘭産。
そういえば、大昔にγ線重合したときに、基板が着色したことがあったっけ。
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by zam20f2 | 2010-07-19 17:31 | 科学系 | Comments(0)

雲の島

遙か遠方に雲の島
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by zam20f2 | 2010-07-19 17:25 | 風景系 | Comments(0)

北からの日の出

東に向かって飛んでいる左舷側の空が明るくなってきた。そっちって北なのだけれどと思って最初は混乱したけれど、考えてみれば北半球の夏は東よりは北側から日が昇るわけで、それが極端になるとほとんど北の方向から日が昇る感じになりうる気がしてきた。
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by zam20f2 | 2010-07-19 17:24 | 風景系 | Comments(0)

飛行機雲

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普通の雲しか写ってないじゃないかって?
よく見てご覧よ、水平に伸びる影。もっと上、カメラと同じ高度には飛行機雲ができつつある。
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by zam20f2 | 2010-07-19 17:20 | 風景系 | Comments(0)

モダン

仕事先での一こま
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こんなところで計算尺と思わず反応してしまった。確かに63年だと、計算尺は理系の必需品。
それが、72年には
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となる。液晶電卓というのが極東の島国で販売され始めたことは、高くて買えなかったけれど、でもある種のワクワクがあった気がする。
そういえば、計算からみではないけれど、一週間ばかり前には
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や、
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を見て、なかなかワクワクしていた。
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by zam20f2 | 2010-07-17 12:54 | 物系 | Comments(0)

万国共通

仕事先のホール
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前の列の椅子の背についている箱を引き上げると
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とテーブルが出てくる。合板ではなく、なかなかしっかりした木製品にお国柄の違いというものが感じられる。

でも、おじさんがいるのは万国共通かもしれない
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by zam20f2 | 2010-07-17 12:45 | 物系 | Comments(0)