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ニュートンのプリズム

白色光を回折格子とプリズムでスペクトル分離した場合の、スペクトルチャートの違いに関する考察。 力学の開祖として名高いニュートンは、光学という本も記しています。この本の中に、可視領域のスペクトルの色として、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の七色の記述があります。虹は七色と言われていますが、その大元は、ニュートンのこの本にあるようです。

さて、虹の色数ですが、七色ではなく六色の方が良いのではないかという主張がなされています。日本における、その代表は板倉氏です。ここでは、スペクトルの色数をニュートンが記したように七色とするのがよいのか、あるいは板倉氏が主張されるように六色とした方がよいのかを少し検討してみましょう。

ニュートンが光を七色とした理由は、彼の光学を読む限りは観察事実として記されている印象で、その根拠は明らかではありません。七というのは1オクターブに含まれる音の数ですから、ニュートンの思考の背景には特別な数に対する配慮があったのかもしれませんが、そういった考証は科学史家にまかせることにして、ここでは、それ以上は触れないことにします。

一方、板倉氏の議論は、波長域を分割した場合の領域の幅と見え方に立脚しています。板倉氏には「虹は七色か六色か」という著書もあるのですが、すでに絶版になっていて、見つけた古本の価格が、安いとは言えないので、知り合いにお願いして「楽しい授業2001年6月号」をお借りしました。この号を拝見したところ、ここの記されている論考が、上記の書籍の元になっている印象があります。

可視光の波長範囲の定義にはある程度の幅があります。短波長側は360nm~400nmの間に取られることがあり、長波長側は700~780nmの間とされることが多いようです。短波長側と長波長側では、人間の目の感度が低下しますが、それは、ある閾値で急激に生じるのではなく、裾を持っているので、その裾を何処まで有効とするかで、幅が変わるのですが、ここでは、400~700nmを可視光の範囲と定義することにしようと思います。というのは、スペクトル色の議論をするのなら、短波長の光が混色に及ぼす影響を考える必要がありませんし、太陽光では400nmより短波長の分布は多くはないので、スペクトルの見た目にもそれほど影響をしないだろうと思えるからです。400~700nmとすると中心の波長は550nmとなります。

さて、この範囲を七等分と六等分に分割してみましょう。すると、図からも分かるように、七等分して得られる色の区分は紫、青、緑、黄、橙、赤1、赤2という具合で、藍の入り込む隙間がありません。それに対して六等分なら、紫、青、緑、黄、橙、赤程度で収まりがよいようです。これが、板倉氏がスペクトル色を六色に区分する方が妥当であるとする根拠です。また、六等分だと、それぞれの区切りが50nm刻みになるので、なんとなくすっきりとした気分にもなれそうです。
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なお、板倉氏によると米国では20世紀の前半に、スペクトル色を七色から六色にする動きがあり、その延長に現在では、スペクトル色は六色としているとのことです。

ちなみに、虹の色数が国によって異なるのはトリビアとして有名な話です。そして色数の違いは文化背景の違いにより生じていると主張する人もいます。それに対して板倉氏は米国が六色であるのに対して日本が七色であることは、文化の違いではなく、科学的な問題であると主張されているわけです。確かに、板倉氏の論考を読むと、米国においてスペクトル色が七色から六色に変化する過程が示されており、その範囲において、米国のスペクトル色の数が日本と異なるのは文化の違いによるという主張よりは、遙かに説得力があります。同じ説得力が虹の色数をより少なく表現する文化に対しても成立するのかについては、少々疑問が残るところではあります。

さて、板倉氏はスペクトルは七色としたのはニュートンの誤謬であり、それが、その後の科学の発展により、ニュートンという権威に真実が打ち勝って、スペクトルが六色になりつつあると主張されているように思えます。この主張を読んで、非常に不思議に思ったのは、ニュートンが何故誤謬を犯したのかということです。もちろん、すべての人は過ちを犯す可能性を持っており、ニュートンは人ですから、三段論法の帰結として、ニュートンは過ちを犯す可能性があることになります。しかし、ニュートンは、少なくともその書物から判断する限りは、極めて論理的に思考を展開できる人間であります。そしてまた、優れた観察者でもあります。もちろん、当時の科学的知見は、現在に比べれば不充分です。例えば、元素の本質は分かっていなかったし、元素の転換が現実的な意味において不可能であることも知られていませんでした。その状況下においては、ニュートンが錬金術の研究を行ったことは、ニュートンが間違った思考に基づいて研究を行った事にはなりません。ニュートンがスペクトルを七色としたのは、この問題のように、当時の科学知識の不十分さが原因でしょうか。それとも、当時の科学知識でスペクトルは六色と結論づけられたはずなのに、ニュートンは単純に誤謬を犯したのでしょうか。ニュートンが何故間違えたかを考えることによって、あるいは、今日の私たちも気をつけなければならない教訓が得られるかもしれません。


まず、検討の背景として、当時の光に関する知識を簡単に復習しておきましょう。ニュートンは光を粒子と考えていたのに対して、光を波動とする考え方もありました。しかし、光の波長に関する知識は全く存在していませんでした。これは、色と波長が結びついていなかったということです。光の波長が初めて定まったのは、フラウンフォーファーによって回折格子が作られてからです。ということは、必然的にニュートンが使った分散素子は、回折格子ではなく、プリズムであったことになります。今日的な見方から言えば、屈折率に分散(屈折率が光の波長によって異なることを分散と呼びます)があるので、青い光と赤い光の屈折角が異なり、その結果として白色光はスペクトルに分解されます。

ニュートンは、太陽からの光を、一旦は平行に近い光にして(色々な入射角の光があると、屈折した後で色が混ざってスペクトルが綺麗に出なくなります)、プリズムに入射して出射した光を白い壁などに投影してスペクトルを観察したのだろうと思います。今日でもプリズムは入手できますので、その実験を行うことは可能ですが…根性無しなので、実験はせずに、計算でスペクトルを再現してみることにしましょう。

計算でスペクトルを再現するためには、プリズムの材料に関する屈折率分散のデータが必要です。これは、幸いにWeb上で光学ガラス屋さんのサイトから入手出来ます。ただし、入手したデータシートには、数多くのガラスの種類が記載されており、何を選択すればよいのか途方にくれる状況になりかねません。まあ、でも、ここでは業界で標準的に使われているガラスを選ぶことにします。というわけで用いるデータはBK7と呼ばれるガラスの屈折率分散です。

東急ハンズなどで売られているプリズムは直角プリズムが多いのですが、分光屋さんが用いていたプリズムは正三角形のものが多い気がするので、角度はプリズムの角度は60度とします。それから、プリズムへ入射した光とプリズムから出射する光の角度の差はある波長の光でもプリズムの入射角度に依存してしまうので、中心波長の光がプリズムに入射した後で、プリズムの底辺の平行にプリズム内を進むような入射角で計算することにしました。

計算によって、得られたBK7プリズムのスペクトルを図に示します。先ほどの波長に対して直線的にプロットした場合とは随分と印象の違う図になってしまいました。先ほどは幅が広かった赤色領域が圧縮され、そして、紫から藍、青の領域が広がっています。このスペクトル図を七つに区分すれば、ニュートンの記した紫-藍-青-緑-黄-橙-赤という順に自然になるように思います。
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あれあれ、ニュートンの間違いを見つけるために、計算をはじめたはずなのですが、驚くべきことに、計算結果からすると、ニュートンは正しかったことになります。

ここで、話が少し横道にそれてしまいますが、BK7だけではなく、F2と呼ばれるガラスと、水をプリズムとして使った場合のスペクトル図も示すことにします。
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ニュートンは屈折率の色分散(ニュートンは光を波動とは考えていなかったので波長分散という言葉は適当ではないので色分散と記しました)は物質に依存しない性質だと考えていました。しかし、実際には、色分散には波長依存性があります。この点において、ニュートンは間違えてはいるのですが、正直なところ、異なる色分散のプリズムで、スペクトルを観察しても、物質によって色分散が異なることを見いだすのは容易ではないだろうと思います。というのは、スペクトルの色味の観察は、どうしても定性的な実験になってしまうのに対して、分散の違いを見いだすためには、スペクトルの中で目印となるような複数の部位の間隔を定量的に評価する必要があるためです。スペクトルの中の目印が発見されたのは、ニュートンよりはるかに後の時代。回折格子を作ったフラウンフォーファーが目印となる暗線を太陽のスペクトル中に見いだしたのが始まりです。

水と、BK7とF2を比較すると、F2が一番分散が大きく、BK7、水の順番になります。ちなみに、ガラスには屈折率が1.5程度で、分散が比較的小さなクラウンガラスと、屈折率がそれよりは大きく、そして分散も大きなフリントガラスがあります。BK7はクラウンのF2はフリントの代表として使っています。ニュートンが使ったプリズムのガラスが何であるかは確かめていないのですが(これも、科学史家の仕事ですよね)、当時使えるガラスはどちらかの亜種ですので、両方を確かめておけば、結論を大きく誤ることはないと思います。まあ、白状してしまいますと、BK7で計算して、都合が悪かったらF2の結果を使おうと思ってはいましたが。でも、計算結果から判るように、BK7より分散の小さな、そして虹の起源となっている水でも、六色よりはニュートンの記した七色の方が近いような印象があります。

ニュートンの観察が正しかったとなると、続いて生じる疑問はその後に六色が正しいと主張する人々が出はじめて、その声が大きくなったのは何故かということです。これには二つの可能性が考えられます。1番目の可能性は、その後になって科学者がプリズムではない方法によって光をスペクトルによって分離するようになり、その方法では、プリズムのように紫から青の領域が引き延ばされて見えなかったため。そして2番目の可能性は科学者の頭に波長がこびりついたため、実際のスペクトルを観察することなく、波長を七等分して、ニュートンは間違っているという思い込むようになったためです。

まず、1番目の可能性について検討しましょう。歴史的には、かっては分光器と呼ばれる装置の分散素子にはプリズムが使われていました。でも、プリズムは分散が小さく、高い波長分解能での測定が難しいことや、屈折率分散が線形でないために、機械的な駆動によって簡単には波長制御ができないなどと言った問題があります。その点、回折格子なら1mmあたりに何本の線を刻むかによって、波長分解能を選択できますし、簡単な機構によって、回折格子を回すネジの回転と出てくる光の波長が直線関係になるような装置を作ることが出来ます。このため、プリズムの分光器は回折格子分光器に置き換わり、現在では、かなり特別な場合を除き、回折格子の分光器しか使われていません。プリズムから回折格子分光器への転換に伴って米国で光の色が七色から六色に変わったのだとしたら、両者の間には強い関連があると推測しても良いだろうと思います。これも、科学史家の仕事だと思いますが、古い科学雑誌の広告を調べていけば、どの時代に分光器の構造が変わったかを突き止めるのはそれほど難しいことではないと思います。

また、そうだとすると、先ず米国で六色という人々が現れた理由も納得出来ます。というのは、分光器は高価な機械で、第2次大戦後の日本で、そんなに簡単に回折格子の分光器への転換が起こったとは思いがたいためです。決して日本の科学者が先入観にとらわれていたためではないだろうと思います。

一応、念のために、回折格子によるスペクトル分布も計算してみましたので示しておきます。実質的に波長を等分したものになっているのが見て取れます。

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2番目の可能性ですが、この検証は困難であろうと思います。ただ、一つだけ言えることは、可視領域の波長を7等分した時の色調がニュートンの記述と違っていたからといって、水の屈折率分散によって生じる自然現象の色調もスペクトルと同じ六色だと言い、ニュートンの言ったことは間違っていたと主張するのは完全な間違いだということです。実際に、水のプリズムをつくって、スペクトルの観察をすれば(私はやっていなくて、計算でゴマ化していますが)、そこで見られるスペクトルは決して波長を等分したものではなく、紫色側が拡がったものになっているのです。

ところで、ここまでの話では虹という言葉をさけてスペクトル色という言い方をしていたのを気にされた方もいらっしゃるのではないかと思います。なぜ、虹という表現を避けたかというと、虹は水の屈折以外にも干渉も関与した現象で、虹の色は空の水滴の状態に依存して、常にスペクトル色の虹が見えるとは限らないからです。虹の色はスペクトル色とは分けて考えなければならないことなのです。このことは雪の研究で有名な中谷宇吉郎博士が昭和22年に発行された、青少年向けの科学雑誌である虹の創刊号で、大変に素晴らしい解説をされています。その解説の最後方で、中谷は実際は赤と黄が目立つ虹がしばしば現れると記した上で、それをよく見ないで、虹がスペクトル色であると思い込むのは科学の心に反していると記しています。そしてその次の段落には、『「虹は水滴の反射屈折によるスペクトル作用さ」と言って、それ以上実際の虹を見ない人がある。そういう人には虹の美しさは分からない。学問によって眼をあけてもらうかわりに、学問によって眼をつぶされた人である。』とも記しています。

さて、学問によって眼を潰されたと言われないためにも、可視領域のを波長を数学的に7等分とか6等分とかするような、紙の上の議論は破り捨てて、実際の虹をよく見ることにしようではありませんか。なにしろ、綺麗な虹をよく見る機会は決して多くはないのですから。
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by zam20f2 | 2011-01-26 21:34 | 文系 | Comments(1)

記憶からよみがえる科学番組

かつてテレビ東京は、科学技術教育テレビ局であった。もちろん、テレビ東京と改名するより、ずっと以前の話、東京12チャンネルといっていた、それも初期の、それこそ東京オリンピックの頃の話である。

東京12チャンネルの当時の番組で気に入っていたのは青少年向けの科学番組だ。身近な素材を使って、決して大がかりな実験じゃないけれど、実験主体の番組で、断片的にではあるけれども、いくつかの場面は記憶にある。これは、記憶力が上等とは言えない私としては、かなり画期的なことだ。

記憶の中ではその番組の名前は「私たちの科学」という。
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by zam20f2 | 2011-01-18 18:35 | 科学系 | Comments(0)

一分咲き

梅園の門の前に出てしまったので入ってみる
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気の早いのを覗いては、まだまだ眠りについている。
人もまばらで、良い感じだ。
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原音主義者が管理しているのか、それとも、正式名称がこうなったのかしら
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ここにはツタのように地面をはって枝を伸ばした木。根本は竹藪の奥深く。
展望台のところには
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二色の花が咲いている木。目出度げだ。
駅に向かう途中の道ばた
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不燃物ではないとの張り紙のついた電動チェーンソー。見たこともないぐらいしっかりした作りなんだけれど、これは業務用製品なのかしら。そして寄り道したところにトマソンの電柱
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by zam20f2 | 2011-01-16 06:59 | 植物系 | Comments(0)

“信頼性“を求める

およそ50年前のJapanese Society of Medical Instrumentationの「国産顕微鏡の現状と将来」という座談会の最後の頁にある独立コラム「国産器械におもう」より “信頼性“を求める

慶応大学外科 加納保之

 貿易自由化が目前に迫るとともに何とも理解し難い現象があらわれてきた。口を開けば世界一の技術水準を吹聴していた連中が急にあわてだし、通産省ではまたぞろ国産愛用の幟旗を上げるという体たらくである。春、秋の医学会をのぞいて見れば、少し注意をひくような研究は、殆ど輸入された器械によて行われたものである。私は1昨年後半をセイロン政府の招請によりセイロン大学、国立病院で胸部外科の指導に当ったが、その際携行した器具器械は錆びたり、メッキが剥げたりで、長年使われ、しかも光り輝いている英国製の器具と一緒に器械棚に並べられて赤面した。そのとき持参した写真機は同行者の写真機も、いずれも有名一流品だったが故障してしまった。
 日本人は起用だと云う言葉を屡々聞くが、考えざるも甚だしい。ハミルトンの指輪に装置した時計をみるがよい。あの白人の大きな手で組立て、しかも役に立つ精確さを保持させているではないか。カシミールの土産物の彫刻を見よ。繊細、一刻みのあやまりもない。強いていえば日本人の器用さはゴマ化し器用である。近頃消費は美徳であると云う言葉が目立つ。これも考えざるも甚だしい。英・米・独の一流器機を見よ。決してそんな薄っぺらな流行的なものではない。我々は正確で耐久力のある器械器具を欲するのであり、器用さでなく、信頼性を求めているのである。国産愛用などと古ぼけた戦時中の標語を今さら引出さなくとも優秀なものは必ず買われ使われるのである。

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by zam20f2 | 2011-01-15 09:23 | 文系 | Comments(0)

電球交換

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by zam20f2 | 2011-01-14 21:11 | 街角系 | Comments(0)

飛鳥山へ

天気に誘われて、方向を定めずに歩き出す。
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ボケの花、地味に咲いている
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こちらは、とぼけた張り紙。えーと、開業は1年後ですか……………待てそうな気がしない
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道ばたに残った銀杏を眺め
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穴あきスコップにわくわくし、何のために穴が空いているのか分からないけれど、店が開いていたら発作的にかってしまいそうだ…
空を見上げると雲一つない天気
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飛行機すら尾を伸ばさずに飛んでいく。
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はいはい、入れたくても入れられないから文字が不要な気もするけれど…
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ここも、開いていたら突入しそうだ。だって、酒屋でなく酒道具屋さんですよ。いったい何を売っているのだろう。
で、ポテポテトと歩いてたどり着いたのは飛鳥山。亀が迎えてくれた
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正面からもかわいい
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王子駅に降りる途中、新幹線が通っていった
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by zam20f2 | 2011-01-10 08:28 | 街角系 | Comments(0)

工業技術研究員

大科学実験のことばかり書いていると、NHK教育テレビに不満を持っているかのように思われてしまうので、面白かった番組の話を一つ。

工業技術研究員という話で
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by zam20f2 | 2011-01-10 08:03 | 科学系 | Comments(0)

マイナス-マイナス

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しばらく前から、補正環付きの対物レンズの条件外使用を試みている。
発想は単純で、補正環対物レンズで球面収差の補正が可能なら、ついでに鏡筒長違いの分も補正環で修正できるのではないかと考えた次第。
なんでそんなことをやるが必要があるかというと、作動距離が長くてホットステージと組み合わせて使えそうな対物レンズが本当に使えたら幸せかもしれないというところ。何しろ、手元には有限系鏡筒の持ち合わせしかないけれど、入手可能だったのは無限系の補正環対物だったので。
そのうちに、補正環を使って初めて見えてくる液晶の構造の写真なんて出せないかと思っている。
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by zam20f2 | 2011-01-09 20:33 | 顕微系 | Comments(0)

前向きじゃなくていい

前向きじゃなくていい、僕は横向きで行くよ
というのは、ピッピ隊音楽部の「ニュース」の中の一節。
顕微鏡の上にカメラを取り付けるにあたって、ずっとコピースタンドを使っていた。その結果、普通の取り付け方に比べて、カメラは横向きになっていた。横向きだからといって困ることはないのだけれど、コピースタンドを取られていると、複写などの作業が面倒になる。

幸い、写真撮影装置が入手出来たので、それを使ってカメラを取り付けることにした。写真撮影装置には、照準鏡筒がついているけれど、そこは塞いでしまう。また、光路切替のプリズムは光路から外した状態にする。そして、シャッター部分は取り外す。

撮影装置の上側はニコンFマウントなのだけれど、変換アダプタにより、手持ちのカメラに取り付ける。これで、カメラは前向きになった。
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で、珪藻の撮影をしたのだけれど……………
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どうも、おかしい。目視では見えている構造が写っていない。少なくとも、これまでは写っている気がするので、カメラをコピースタンドで保持するように戻して撮影すると、ちょっとはっきり見えないかもしれないけれど

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と、直付けでは写っていないものが写っている。

ということは…………… ブレですねぇ。
一応、低振動モードで、ミラーが上がってから2秒後にシャッターを切るようにしているのですが、フォーカルプレーンシャッターが引き起こす振動が鏡筒に伝わっているのでしょう。もちろん、コピースタンドを使っても、フォーカルプレーンの振動があるはずですけれど、顕微鏡とは直接につながっていないので、鏡基本体を振動させていないのではないかと思います。

撮影装置の上にカメラを取り付けた上で振動を回避するのにはいくつかの方法があります。一つは、カメラのシャッター速度を低速にして、シャッターを開いてしばらくたって、シャッターによる振動が止まってから、写真撮影装置のシャッターを使って適性な露出を与えればよい。撮影装置にはいわゆるレンズシャッターがついていて、それが、共振周波数の低いバネで本体につながっているので、シャッターの振動が問題を引き起こしません。ただし、これをやるためには、シャッターを押してから、一旦レンズシャッターを閉じて、その後カメラ本体のシャッターを開いてから、ある時間経過後にレンズシャッターを開閉する電子回路を作る必要があります。うーん、手に余ります。

実は、経験の範囲でC社のデジタル1眼レフの中には、低速シャッターでは、ライブビューから露出が始まって、露出の最後にシャッターが落ちて露出が停止するものがあります。これを使えば、シャッターショックの問題は、ほぼ回避できるのですが、新しいカメラを買わないといけないので却下です。

というわけで、折角前向きにしてみたのですが、結論は前向きじゃなくて良いというか、横向きに戻らざるを得ないところです。
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by zam20f2 | 2011-01-09 20:12 | 顕微系 | Comments(0)

センサークリーニング

サービスに行ってセンサークリーニングをしてきた
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見た目はセンサーは汚れていないっぽかったのだけれど、とにかくクリーニングをしてもらった。
前のと比べると、暗いスポットは減っている。残っている目立つ点は、投影レンズから出ている。このあたりになると、デジタル処理で落としても良いのかなという気にもなっている。

液晶の組織写真は、割合とコントラストが強くかつ紋様に満ちあふれいている。ので、多少ゴミがあっても、ゴミなのか構造なのか区別がつきにくい。ので、実は真面目にデジタル処理をやろうとしたことはない。あと、偏光状態によってベースが部分的に異なることになるので、どうなんだろうと思案中。
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by zam20f2 | 2011-01-09 20:08 | 顕微系 | Comments(0)