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CM止めたら?

富士フイルムが妙なコマーシャルをやっている。
社員が自宅で節電に努めていることを伝えたいらしいのだけれど、コマーシャルを素直に受け取ると、富士フイルムの家族は、電気をつけっぱなしにする節電をまったく考えない人間であるか、富士フイルムは、社員が節電運動をできるように、家族に電灯を消すのを禁止する会社であるかのどちらかであることになる。
いずれにせよ、ろくな会社ではない。こんなコマーシャルをやるくらいなら、コマーシャルの発注をやめ、放送も止めるほうが、よほど世のためだと思うのだけれど、こんな広告をやるあたりは、かなり非社会的な会社なのではないかと疑ってしまう。
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by zam20f2 | 2011-06-30 21:04 | Comments(0)

MBBA/Ch-My

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あまりに暑いので、すこしは涼しげな感じのものなど
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by zam20f2 | 2011-06-30 06:19 | 液晶系 | Comments(0)

考え方の枠組みについて

ここのところ、人は考え方の枠組みをどうやって手に入れるのか、そして、考え方の枠組みのプラス面とマイナス面について、時たま思いを巡らせている。
 元々の切っ掛けは、考え方の枠組みを伝えることが出来るのだろうかという、素朴だけれども重要な問題だ。考えはじめた時点では、あるプロフェッショナルな考え方の枠組みを持つことによる利点のみを意識していたのだけれど、反対の事例に思い当たったあたりから、思いが更に混沌としている。
 専門家に共通の考え方の枠組みにより、誤った結論に至った最近の例として、斑目氏が原子炉の水素爆発は生じないと考えたことが上げられる。まあ、東電が政府に、1号炉の格納容器の保全性が失われた可能性について、きちっと報告を上げていなさそうなので、その点に関しては斑目氏に同情する余地はあるのだけれど、斑目氏に限らず、1号炉が爆発したときにTVに出演していた東工大原子炉研の有富氏のうろたえた様子からしても、あの業界の多くの人は、格納容器の保全性が失われていて、その結果として原子炉建家が水素爆発で吹っ飛ぶという可能性は考えていなかったように感じる。それには、業界の中にあった、格納容器の保全性が失われることがないという専門家に共通の知識が大きな影響を与えているように思える。
 一方、科学的常識がないが故に、誤った行動に至った最近の例として、さいたま市で発明された、浮力+重力発電を大々的に採り上げてしまった産経新聞の記事が上げられる。この発電システムは、ネット上でなかなか受けていて、原理を説明した結果として、水力発電に余計なプロセスを付け加えたものであるという非常に分かりやすい解説も上がっている。この話が産経新聞(の科学面)に、ほとんど永久機関のノリで紹介されているのである。これなどは、エネルギー保存則を知っていれば、上の水槽から落下する水の位置エネルギー以上の電力が発生するはずがないことは、細かい機構を見なくても明らかなのであるけれども、残念ながら記者さんはこれを知らなかったのか、細かいことは書いてあるけれども、この点を見落としている。
 というわけで、考え方の枠組みは、時には人を誤った結論に導き、時には人を誤った結論に行かないようにする。エネルギー保存則は、機構の詳細などを理解することなく、永久機関と称するものについて、それが不可能であると宣告を下せるものなので、その使い方については、改めて考えたいと思う。最初の例は、ある業界の狭い常識にとらわれた話じゃないかと言うかもしれないけれど、多くの人が知ってそうな例としてだしたまでで、考え方の枠組みにとらわれて、正しいところに行き着き損ねたというのは、日常茶飯事の事象ではないかと思う。そして、それと同じぐらいに、考え方の枠組みのお陰で、効率的に物事を考えられたというのも。
 

 ところで、産経の記事で一番興味深いのは、この文系の記者さんは、自分だけでは不安だったので、知り合いの物理の学生A君(20)を連れて行っており、このA君はボールの落下による発電量が1W程度以下であることを計算する能力があるのである。それにもかかわらず、この記事が産経に掲載されたということは
1,A君は個別の計算はできるけれど、エネルギー保存則を理解していない
2,記者がA君が止めるのを無視して記事にした
3,A君は記者に恨みがあり、自分の名前が表に出ないのを良いことに、本当のことを記者には言わなかった
という3つの可能性が考えられると思う。2は、記者が自分が科学に疎いのを認識しているようなので、まずないだろうと思う。そうなると、可能性は1か3である。個人的には(A君の人格の問題は無視して)3であって欲しいのだけれど、もし1だったりしたら、A君の物理概念がどのように形成されているのか、非常に興味深いものがある。

 A君の問題点は、おそらくは、考え方の枠組みの適用ミスに帰着できるのではないかと思う。もし、A君が球の位置エネルギーではなく、エネルギー保存則を使っていたら、詳細はともかくとして、上の水タンクから落下する水のエネルギー以上は生じないこと、つま水力発電でしかないことを容易に認識できたはずだ。また、球の落下だけでなく、上昇時に、その体積分の水が実質的に落下している事に気がつけば、全体としてのエネルギー収支について正しい認識に至ったはずだ。しかし、記事から判断する限りは、A君は持っている物理の知識を球が落下する部分にしか適用していないように感じられる。
 A君の例だけでなく、水素爆発の件にしても、構造体としての格納容器の耐震性を、耐震性が保証されているとは限らない配管系にまで広げてしまっていることが、斑目氏らの認識を歪めているわけで、ここでも知識の枠組みの誤った拡張が、間違いを引き起こしている。
 こうしてみると、二つの問題は、いずれも、ある事象に対して、正しい範囲で正しい考え方の枠組みを当てはめられていないことが原因になっている。従って、最初の疑問は、より正確には、考え方の枠組みを正しく適用することをどうやって習得するのかということになる。確かに、エネルギー保存則などの枠組みは教科書的に伝えられることで、それをどう使うかが問題になっているのだから。
 これは、単純な教育学の枠組みの話ではなく、まず、認知科学の話になるのだろうと思う。いわゆるフレーム問題というやつに含まれる話になるのではないかと思う。なんか、認知科学と教育学のすきまで、放置されていそうな話を思案している気がしてきた。
 

話がまとまらなくなっているけれども、まとまらないついでに、先日も少し引用した「ゾウを消せ」から別の部分を引用しておく。

 マジシャンがよい仕事をするのは、観客の思考パターンを前もって予測できたときだ。こんあときは観客をトリックへと導く道筋を思い描くことができている。出来のよいマジシャンほど、観客の思考パターンを自然のなりゆきに任せない。観客に何かをテーブルへ持ってきてもらうときも、前もって想定した予想や前提を利用するのだ。誰も知らないだろうが、マジックにとって子供はかなり大敵だ。子供は経験が浅いし、想像力はまだ育ちきっていない。手を握ることで何も持っていないことを示そうとしても、テーブルの周りを歩くことでありふれたテーブルにすぎないことを暗黙の内に伝えようとしても、そういうことなのかと受け止めてくれないことがある。マジック・ショーとはこのような小さな遊びから成り立っている。子供にはそれが理解できないことがあるのだ。
 これに対して、固い信念を持っている人や情報を分類したり分析したりする癖がある人は、巧妙なトリックにひっかかりやすい。学識のある科学者がインチキ霊媒の簡単なトリックにすっかりだまされてしまった有名なエピソードがあるが、この困った話の理由はここにある。
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by zam20f2 | 2011-06-28 21:41 | 文系 | Comments(0)

二つの舞台裏の話を比べてみる

レーザー光をゴーグルなしの人の間を飛ばしまくる先週の土曜日の番組にあきれ果てて、そちらの話を先に出してしまったけれど、これは、その前の週の話。

批判するにも値しないと書いてしまった「大科学実験」であるが、驚くべきことに、日経サイエンスの元記者さんをはじめとして、あの番組に好意的な人が世の中に存在する。まあ、大人のサイエンスリテラシーが低いことで有名な国であるので、悲しむべきことではあるが、驚くべきことではないのかもしれない。とはいえ、そのままだと、サイエンスリテラシーがあがる望みすらないので、なにがダメかについては書き続けようとも思う。まあ、そのうちに、あきるかもしれないけれどね。

さて、今回のスピンの話、角運動量保存則を扱っているけれど、話の後半は、どう考えても、撮影するためのスタントの人の苦労話になってしまっている。つまり、楽屋ネタである。それをみながら思い出したのが、数十年前の「たのしい科学」の2本足のコマはたたないという楽屋ネタの話である。今回は、この二つの楽屋ネタの話を比較して、なにが違うのかを考えることにする。
たのしい科学の2本足のコマは、コマを使ったモノレールの模型を作る裏話である。シリーズの一つとしてモノレールを取り上げたものがあって、その時に制作当時から50年前にイギリスで作られたという、コマで車体を安定させた1本レールのモノレールの模型を作る時の裏話という筋になっている。

このモノレールは普通のモノレールと違って、普通の鉄道に使うようなレールを1本だけ使って車両を運行するものである。そのままだと、あっという間に車両は横転してしまうので、それを防ぐために車両に大きなコマが取り付けてある。ご存じのように回転するコマは倒れずにまわるので、その力で車両が転倒するのを防ぐのである。
本番の前日に、モノレールの模型ができて、それにコマを取り付けて試運転をするのだけれど、期待に反して模型は倒れてしまう。ここから、倒れない模型を作るまでの物語が始まる。
模型チームはモノレールが倒れてしまう理由を探るために、まずは手元にある本でコマモノレールの記事を探しまくる。しかし、残念ながら、そんなものは見つからない。困り果てながら、チームの一人が、コマの下に車輪が一つの物を作ると、それは何の問題もなく立ち、そして、傾斜した1本レールを下っていく。そこで、2輪のものを作ってみると、それは倒れてしまう。
ここで、チームは、1本足のコマは立つけれども、2本足のコマは立たないのではないかと考え、2本足のコマを作ってみると、確かにそれは倒れてしまう。
この発見の理由を探るために、コマに関する文献を探すと、コマが倒れないのは、倒れる方向に垂直な味噌スリ運動があるからであることを知る。
番組では、ここで、ジャイロゴマを使って、コマの性質を2つ紹介している。一つは、回転するコマには回転軸の方向を保つ性質があること、そして2番目は回転軸を傾けようとする力に対して、直角方向に回転軸が動くこと。この2番目の性質から、実際にコマの味噌スリ運動の様子をコマのスローモーション画像とあわせて示している。

これから、コマが立つためには味噌スリ運動ができることが必要なのだけれど、2本足のコマは味噌スリ運動ができないために倒れることが推論され、二本足の上に足の広がっている方向に動ける関節をつければ、味噌スリ運動ができるので、コマは倒れない筈だと議論が展開する。実際に関節をつけたコマは倒れず、足の代わりに2輪にしても倒れず、そして、ようやくモノレール模型の完成となる。

この13分ほどのストーリーを通して、視聴者は、コマの場合は1本足だと立つけれども、2本足だと立たないこと。その理由は2本足では味噌スリ運動ができないこと。コマには回転方向を保つ性質があること、そして、回転軸に力を加えると、それと垂直に回転することを理解する。また、物事を調べる手段として、様々な(決して一冊ではない)本を調べることがあることも理解する。その上で、理屈通りに物事をやれば、思った通りの結果がでることも目の当たりにする。
番組の最後のナレーションでは「科学というものは実際にやってみなければ進歩しない」というせりふが使われているけれども、確かに思いこみの間違いに気がつくためにはやってみることは一つの有効な手段である。


もちろん、最初の2本足が倒れたのは「やってみてわかった」ことなのだけれど、その後のプロセスは、科学の法則をきちんと調べて適用する課程であり、その結果は「やってみなくてもわかること」を確認する作業になっている。

一方、大科学実験の方は、最初の映像で人が足を広げたり狭めたりして回転速度が違っているのを見せた段階で、最後の実験で示そうとしたことは、余すことなく示されている。つまり、最初の画像をのぞいて、番組中に科学的な意味での新たな発見や知識、そして科学的な感動はいっさいない。
では、残りの時間で行われていることは何だったかといえば、ディレクターの頭の中にあった、科学的には何の価値も付け加えない映像を実現しようとするプロセスの舞台裏である。単に回転体を大きくするために、最初は橋を渡すけれど、その上を人が歩行するのが困難なので、ロープを上るようにする。そこには、なんら科学的な意味はない。それどころか、科学的な意味を減じる道具立てになる。というのは、画像を見た人はわかると思うが、大きな輪を4本のロープで中心からつるような構造を作るのだけれど、その輪はみた感じからすると、鉄のパイプを使っており、それなりの質量がある。このため、人が回転中心に移動しても、輪の部分が存在するために、それほど回転速度があがらない。番組も最後で申し訳のように、同じ時間あたりの回転数が番組も最後で申し訳のように、同じ時間あたりの回転数が5回から9回になったとしているが、この数字には全く意味がない。というのは、モーメントがどのように変化したかと対比して、回転数の変化が初めて意味を持つのであり、単独では「早くなりました」という文言以上の意義が存在しないからである。
こうしてみると、見終わった視聴者の頭の中には、ロープを上ってタイミングを合わせる苦労は残ったとしても、なにがどう早くなるのかといったことは残らないだろうと思う。

個人的には番組のタイトルに「科学」という文字がないのだったら、別に文句を言おうとも思わない。しかし、これを科学番組として放送する態度は許し難いものだと思っている。

3月31日の日経サイエンスのブログによると、ディレクターは、大規模実験を見て「バカなことをやっている」と笑いとばすことを期待しているようだけれども、番組を見ていてでてくるのは失笑もしくは苦笑い、そして、この50年の日本の科学番組のレベルの低下に対する心からの悲しみである。

やってみて考える「たのし科学」から、やってみるけど考えない「大科学実験」、科学はどんどん、自分で考えてやるものでなく、細切れの知識として、眺めるものになっている。日本の平均的科学リテラシーは低下し続けるであろう。
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by zam20f2 | 2011-06-27 22:15 | 文系 | Comments(0)

右ネジ

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でいいんだよね
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by zam20f2 | 2011-06-26 21:54 | 植物系 | Comments(0)

これも、絶対駄目でしょ

26日の朝日のWebによると、東電さんは11日の午後9時には、1号炉で放射線量の増加を確認していた(要するに、配管も含めれば格納容器の保全性が失われていた)ことを認識しながら、保安院に伝えたのは3時間後、さらに確度をあげた情報を伝えたのは翌日5時過ぎたった。この点について、東電の松本氏は「「放射能漏れにつながる全データを通報しなければならないとは法令上定められていない」としている。」と発言したことになっているけれど、東電から格納容器の保全性が失われたという情報がきちんと伝わらなかったことが、斑目氏の「水素爆発は起こらない」という発言につながったように思える。つまり、東電の情報提供の遅れは、初期対応を誤らせた一つの大きな原因になっているように思える。というわけで、松本氏の上の発言は、絶対に駄目だと思うのだけれど、これが東電の正式な見解なのだろうか……………。
こういう人たちが仕切っている会社だとしたら…………現場も私らもたまったものではない…………
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by zam20f2 | 2011-06-26 19:29 | 科学系 | Comments(0)

これは、絶対に駄目でしょ

昨日再放送の、大科学実験、グリーンのレーザー光を300m以上引き回す物。感じから言って、少なくともクラス3R以上のレーザーが使われているように感じる(レーザー光の光路がかなりよく見えるので、もう一声、クラス3Bは行っているだろうと思う)。
で、驚くべき事に、スタッフが安全ゴーグルを装着しない状態で登場するのだ。これは、明らかに駄目でしょ。例えて言うなら、ドライアイスをネジ口の硝子瓶に入れて爆発する実験を安全に関する注意をすることなく、テレビで放映するのに匹敵する行為だ。大科学実験のプロデューサーが科学に疎くて、内容がひどいのとは全く異なる次元の話として、放送の実験をまねをした場合の安全性を無視の状況を放送するのは、絶対にやってはいけないこと。
こう記すと、そんなに強いレーザーなど普通の人は持っていないと言うかもしれないけれど、困ったことに、目に入れば確実に失明するようなレーザーポインターが通販で数千円で販売されている。その状況を考えると、今回の放送は、絶対に放送してはいけない内容を含んでいた。
こうなると、本当に害悪を流す番組と言わなければならない。
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by zam20f2 | 2011-06-26 11:20 | 科学系 | Comments(3)

ステッドラー社 自在定規

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ソフトプラスチックの外皮の中に柔らかい金属の何かが入っていて、最小最大曲率はもちろんあるけれども、それ以上以下なら任意のカーブをほぼ固定して作れる定規。いくつかの測定点を結ぶ曲線を描くのに重宝していた。物理の学生実験の時に「レポートのグラフは自在定規ぐらいは使って書いてね」との指導を受けた覚えがある。
今では、式を指定すれば、ソフトがフィッティングをやってくれるから、こんな物を持ち出す必要もなくなっている。そういえば、自分でフィッティングのプログラムを書くこともなくなったことの一つだ。
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by zam20f2 | 2011-06-24 21:30 | 物系 | Comments(0)

独式烏口3種

独逸式烏口3種。
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手前から独逸のHaff社、独逸のRiefler社、瑞西のKern社のもの。Haff社のは一方が回転するようになっているが、残り二つは固定。これは、後ろ二つが細線用の為かと思う。
3社のうち、Haff社のみは、今でも製図用コンパスや烏口を販売している。残りの2社のうち、Rieflerは製図関連ソフトの会社として残っている。Kernがどうなっているかはよくわからない。
これらの会社の製図用品の存在を知ったのは、社会人になってから。Haffはお茶の水のレモン社に展示とカタログがあったけれど、あまりの値段に買おうとは思わなかった。Rieflerは伊東屋に計算尺を買いに行くついでに、店頭在庫を眺めるようになって存在を知った。
家にあるHaffとRieflerは伊東屋の店頭在庫だったものが大半である。Rieflerは伊東屋が輸入もとだったようで、それをかなり割引で売っていた。発作的に、それらを買い込むついでにHaffも買ってしまっている。
Kernは、ハンズメッセの初期の頃には出物として出ていたという話があるけれども、店頭在庫をみたことがない。家にあるのはオークション経由の中古品のみ。Kernは、恐らくだけれどいずみや(今の.Too)が輸入元だったのではないかと思う。今でこそ日本法人のあるステッドラーも1970年頃は銀座の文祥堂が輸入代理店だったようだし、国内の大きめの文具販売店が輸入を行っていたような印象がある。Haffを何処が入れていたのかは知らないけれど、レモン社でよく見たので、あるいは、そこかなと思っている。
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by zam20f2 | 2011-06-23 07:15 | 物系 | Comments(0)

Fingerprint texture

Fingerprint texture
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もう少しうねうねが渦巻いているところ。
前の写真では、パターンの間が黒くなっているけれど、これは、その部分では分子長軸が基板に対して垂直になっていて、面内での複屈折がない状態になっているため。それに対して、こちらでは黒い領域はない。
二つの違いはセルの厚さによる。指紋状組織は、基板面に対して分子が垂直に配向するような処理をしたセルで見れるのだけれど、セルがうねうね周期より十分に薄いと、界面での制御力がセル全体に働いて、一面暗視野になる。セルが厚くなると、うねうねが出はじめるけれど、うねうねの途中は垂直に均一に並んだ領域ができて、そこは黒くなる。さらに厚くなると、(原理的には細い面状に垂直部分があるはずだけれど)黒い領域の幅は狭くなり、最後は見えなくなる。
対物20倍、トランスファー2.5倍
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by zam20f2 | 2011-06-22 07:36 | 液晶系 | Comments(0)