<   2015年 08月 ( 16 )   > この月の画像一覧

杉玉なし

奈川キュウリを手にいれたのは、
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とうい名前の踏切の近くの集落にいく途中。
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この集落に行くのは四五回目。目的は、
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のお酒を買うことなのだけれど、店が閉まっている。閉まっているだけなら良いのだけれど、目印の杉玉が飾られていない。悪い予感がしながら、
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の看板のある集落内の酒屋さんで尋ねると、3年前に廃業したとのこと。

この銘柄を知ったのは、家から歩いて小一時間の所にある酒屋さんに置いてあったから。そこの店には、何故かこの銘柄と、茂田井宿の新しい方の酒蔵のお酒がおいてあって、なんでその銘柄かと尋ねたら、「昔の灘の酒を彷彿とさせるのがこの2銘柄」との返事があった。取り寄せた酒の大半は売る前に飲んじゃっているんじゃ無いかという謎の酒屋だったのだけれど、その店がまともな営業をしなくなってからは、酒蔵近辺まで行かないと入手できないので、何年かに一度は思い立って訪ねていた。
今風の吟醸系ではなく、燗でもおいしいしっかりしたお酒だった。廃業していてとても残念だった

お目当ての店がなくなった以上は、この集落を再訪することは無いだろうと思うのだけれど、道を歩きながら、改めて集落の変化を感じている。最初に来たときは、何もない場所で、横の国道から、そのまま車で入ってきて、集落の通りを通って酒屋の前で止めてという状況だったし、くたびれ果てた、風情も消えた家が並んでいる印象だった。
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はその時代から使ってそうな品。でも、今の平均的町並みは
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この街道では都に近い方に、昔の風情を残す宿があって、そちらは、その当時から観光地となっていた。それが、いつの間にか、この宿も観光地となって、Youも結構見かけるような状況になっていた。かつてのくたびれ果てた家々も、表に格子を入れ直して尤もらしい風情になっていて、今では
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な感じの家の方が貴重品だ。いずれ、この家にも格子が入ってしまうのでは無いかと思う。

その中で、前回と変わらない印象を与えるのは、
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だ。でも、さらに観光地化が進むと顰蹙をかってスミに追いやられそうな気がする。

くたびれ果てた宿が観光地としてきれいな見た目になるのは、この宿に限ったことではなく、この街道の東の方の峠の手前の追分から北に向かう街道にある宿もいつの間にか観光地化していた。

観光地化することにより、宿が存続するなら、それは悪いことではないと思うのだけれど、それにも関わらず、地域に根ざしていたはずの酒蔵が消えて無くなるというのは、それだけでは救えない部分があることを示唆している。そして、救えなかった部分に、きちんとした文化があった気がするのだけれど、どうなんだろう。
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by ZAM20F2 | 2015-08-31 21:39 | 街角系 | Comments(0)

奈川キュウリ

たまたま立ち寄った店で見かけてごろんとした風情が気に入って買ってみた
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普通のキュウリに比べて強いんじゃないかという予想は外れて、みずみずしくしゃきしゃきしている。
また買いたい気がするのだけれど、店の場所が少しばかり遠いのが難だ。
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by ZAM20F2 | 2015-08-30 18:24 | 植物系 | Comments(0)

4合不明

敗戦後は出版統制がなくなったため、色々な雑誌が出現した。前に紹介した「科学の学校 虹」なんかもその中の一つだけれども、敗戦後の雑誌といえば
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所謂カストリ雑誌の方が有名だし、はるかに種類も多かっただろうと思う。
3号で潰れると3合で潰れるを引っかけてカストリ雑誌という話を聞いたことがあるけれども、この雑誌、これが3号目で、4号目がどうだったかは不明。
それにしても、この雑誌の記事、当時の良識ある人々は「こんな内容の雑誌が出回ると、青少年に悪影響を与える」なんてい言っていたのじゃないかという気がする。その後のテレビや、今のネットに対するのと同様に。時代が変わっても、こんな感じのが出続けるというのは、それを見せる媒体よりも別のところに問題があるのだろうと思うけど、そこが問題にならないのは何故なんだろう。
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by ZAM20F2 | 2015-08-24 21:24 | Comments(0)

8月15日の新聞

お濠脇の建物では、敗戦当日の新聞も展示されている。
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放送は昼だったのに何で新聞に掲載されているのかと思ったら、この日の新聞は午後に発行されたらしい。とはいえ、放送から内容を確認して紙面構成をしていたのでは日が暮れてしまうだおるから、事前にそれなりの情報は報道各社に配られていたのだろうと思う。放送がらみでは、苦心談の話なんかがテレベでもやられたことがあるけれども、新聞系にどんな風に情報が伝えられていったのかは記録があるのだろうか。
ところで、この日の新聞
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大蔵省の国債買いましょうキャンペーンがあるのだけれど、この国債売れたのだろうか? 戦後復興のためは流石に無理だろうから軍事費目当てだと思うのだけれど、その必要はなくなったわけで、どうなったのか知りたいところだ。
それ以外に
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やら
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の広告が掲載されている。いつの時代も薬は儲かったのだろうか。
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by ZAM20F2 | 2015-08-22 21:50 | Comments(0)

原爆の被害の大きさ

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お濠端の建物にあった展示。戦争中の空爆による被害者の数。人口の割に広島と長崎が突出して多いのが分かる。広島でなくなった方の数は東京以上。
広島の原爆資料館を訪れたことはあるのだけれど、比較をみて改めて被害の大きさを認識した。
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by ZAM20F2 | 2015-08-20 21:11 | Comments(0)

孤高

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あまりに手作り感満載の看板につられて矢印の方にいったら
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なんか、恐ろしくて踏み込めなかった
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by ZAM20F2 | 2015-08-18 21:16 | 街角系 | Comments(0)

ぬけがら2号

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茗荷の葉に見つけた抜け殻2号。少し前に抜け殻1号がいたのだけれど写真を撮ろうと葉っぱに振れたら落ちてしまって写真にならなくなってしまった
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by ZAM20F2 | 2015-08-17 21:32 | 動物系 | Comments(0)

伝えようとする言葉について

お茶の水からふらふらと歩いていたら、九段下に出てしまい、そのままお堀の傍に経っている建物に吸い込まれてしまった。エレベータで上まで上がって降りてくる作りになっているのだけれど、中に入るのははじめて。いくつかの時代毎の暮らしぶりなどの展示があるのだけれど、
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という70年以上前のポスターを眺めて、暗い気持ちになる。こんな時代には
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という感じのたすきを掛けた小母さん達が、憲兵以上に近所に目を光らせて、今で言うところのパワハラをかけまくっていたのだろうと思う。

問題は、どうしてそうなっていくのを止められなかったかだ。それをきちんと理解した上で対処方法を考えない限りは、同じような流れが起こったとしても食い止めることは困難だろうと思う。今の世の流れに対して、懸念の声は随分と上がるようになっているのだけれど、ストレートな懸念表明が多く、ここ2,30年間の所謂革新政党のスローガンと同じように、人々の頭の上を通り過ぎていくような感じがする。そんなことを考えている時に、「図書」8月号の高橋源一郎さんの「見える戦争と見えない戦争(下)」の中の一節が目に入ってきた。

「でも、『風立ちぬ』を曇りのない目で見ると、ピュアで、与えられた仕事を淡々とこなす日本のサラリーマンのように、あるいはいまの若者のようにも見えます。その結果起こることはわかっているのだけれど、主人公の行ったことや考え自体は決して異常ではない。誰にでもあったかもしれないこととして『風立ちぬ』は描かれています。そのことにより、罪深いものとしてだけの戦中の出来事ではなく、良いことも悪いことも含めたすべての時間が七十年後の世代にも伝わるように作られていると思いました。ぼくが十代だったとしても、ああ、こんあ時代があったんだな、こうやって人々は戦争の中に入っていったんだな、他人ごとじゃないね、と思うでしょう。しかし罪を問われる画面を見せられたら、むかつくかもしれない。

中略

厳しい言い方をして攻撃的になればなるほど、多くの人が背を向ける。できるだけ多くの人たちにこちらを向いてもらうことしか、この社会が悪い方向へ傾斜していくのを防ぐ道はないのではないでしょうか。」

話は変わるが、自衛隊を海外派遣するというやりとりの中で、海峡封鎖により石油が日本に入らなくなるのが国家の危機的状況という話が出た気がする。70年以上前に、極東の島国が南方に進出したのも、西の方の国の経済封鎖で入らなくなった石油を求めてという要素がある。

考えて見れば、今の政権が議会で多数を占めるようになったのも、経済政策を旗印にしたことが大きな要因だ。経済政策といっても、カジノによる経済効果などという、簡単にいうとばくちの寺銭というヤクザの親分の領域の話も混ざっていて、とても一国の宰相の台詞とは思えないものまで入っていたわけだけれども、人々はそれでも金銭的な豊かさを要望しているわけだ。

事情は原子力発電所でも似たようなものだ。事故の事を考えなくても、廃棄物処理のコストを考えると、原子力は非常に高い電力になるはずなのだけれど、処理のことは将来に先送りして、今現在は費用を計上しないので、安価にみえる料金設定が可能になっているに過ぎない。その電力が欲しいという経済団体の後押しにより再稼働を進めているわけだから、この国の未来をつぶすことにより現在の豊かさを確保しようとしているわけだ。戦争の可能性があるにもかかわらず南方に石油を求めて進出したのと同様の発想形態だ。

物質や金銭的な豊かさや安定ではない価値を作り出すのは困難なことだ。既に、豊かな暮らしをしている人々に対しては、オークヴィレッジのような価値観を示すことも可能かもしれない。でも、空中窒素を技術の力で固定化して得られた肥料を使わなければ、全世界の人口をまかなえない現状において、非技術的な方向性を目指すのは、非常に贅沢な行為でしかない可能性がある。

と云うわけで、使えそうな代替案が見つかる気がしないので、自分で考えなければならないわけなのだけれど、どうも、私自身の発想形態が世間様からはずれているようで、考えた結果が多数の人の共感を得そうにないのが困ったところだ……


※余談になるが、九段下の脇にある建物の5F(無料で入れる)には昔の映像や大学校歌や会社社歌を聴けるところがある。そして、会社社歌の中には「カメラあるところ観音あり」などという有り難い歌が聴けるものもある。カメラやらレンズを買い込んでいると、菩薩様がやってきて救われることになるらしい。沼の住人は来世が約束されていると喜んでよさそうだ。


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by ZAM20F2 | 2015-08-16 08:36 | 文系 | Comments(0)

まちがっているのだけれど

長岡科学技術大学のKawaii理科プロジェクトとやらが、テレビにでて偏光板の間にセロテープをはさんでの着色をやっていたのだけれど……、説明として最初の偏光板で直線偏光になる(ここは正しい)、複屈折物質でプリズムと同じように、光が波長毎に分かれて(分かれない)、しかも波長毎に直線偏光を保ったまま振動面が回転する(直線偏光ではない、所謂旋光性の回転とはまったく違った現象)、そしてもう一枚の偏光板で、透過軸と平行な波長のみ透過する(間違い)と説明していた。

これ……、どこかの科学教室で原理を理解していない人が説明するなら、まあ、笑うしかないけれども、一応、大学の、それも助教の説明としては駄目すぎる。本人が、上記の説明が正しいと信じているなら、助教の看板を下ろした方がよいレベルの無知さだし、原理は分かった上で、子ども向けの説明として上記のような説明を考えたのなら、自分らの行為が反科学的なものだときっちり認識すべきだ。こんな説明で物事が分かったかのような気になることは、きちんとした学習意欲をそいで、将来的には子供を科学から遠ざけてしまう危険性をはらんだ物なのだから。

それにしても、実験教室の人々は、どうして学校で習うことの理解を深めるような科学実験ではなく、目先のことだけで、その年齢の子供にはきちんと原理が説明できないような実験をやりたがるのだろう。如何に迷惑な行為であるかを考えたことがあるのだろうか。
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by ZAM20F2 | 2015-08-16 08:32 | 文系 | Comments(0)

組織の上層部にいる人間の振る舞いの変わらなさについて(慮人日記より)

前回は技術的指向性が時間を経ても変わらないことを取り上げたけれども、それ以外の精神性や社会システムも残念ながら変わっていない気がする。慮人日記には

和知閣下の印象
台湾軍兵器部長や児玉中佐の紹介状を持って和知閣下のところに行く、十四軍司令部の奥の間に大きな机を置いて、どかりと座っているところは正に武将型の軍人という感じだ。外出するとかで話ながら服を着替えだした。当番兵にズボンをはかせる。エムボタンを掛けさせる。靴を履かせる。まるで昔の殿様然としたものだ。ご自分は扇風機に吹かれている。軍人も閣下になるとたいしたものだ。
閣下だって唯の軍人だ。軍人は自分のことは自分ですべきだ。公私混同。国家の干城として招集された兵にエムボタンまではめさすとは、はやあきれかえったものだ

などという閣下の話が出てくるのだけれど、少し前に、私用のゴルフに行く時にハイヤー代を所属機関に支払わせかけた会長がいる。そのことが問題になって、最初から自分出払うつもりだったと主張したけれども、そもそも、私用のハイヤーの予約を部下にやらせたために組織に請求が行くことになった。つまり、払う、払わない以前のレベルとして、公的な人間を私用に使っている。この時点で、人間として駄目なわけである。ただ、それが当たり前として通っているということは(この点は問題にならなかった)、和知閣下は今でもそこら中の組織に存在しているのだろうと思う。

また、

無理な命令
命令の中には無茶なものがたくさんある。できぬといえば精神が悪いと怒られるので服従するが、実際問題として命令は実行されていない。「不可能を可能とする所に勝利がある」とえらい人は常に言うが。

などというのを見ると、チャレンジと称して、実現不可能な利益を部下に要求した社長の話を思い出す。具体的な方策なしに、部下に不可能な要求をしながら、それを実現するために必要な不正行為は指示していないなどというのは、人間性か知能のどちらかが非常に劣っているはずである。そんな人間が何代か続いて大企業の社長になれるわけだから、大企業の社長になれるかどうかの大きな部分は人として優れているかではない別物で決まっているのだろうと思う。

そしてまた、

女を山へ連れ込む参謀
兵団の渡辺参謀は妾か専属ガールかしらないが、山の陣地へ女(日本人)を連れ込み、その女の沢山の荷物を兵隊にかつがせ、不平を言う兵隊を殴り倒していた。兵団の最高幹部がこの様では士気も乱れるのが当然だ。又この参謀に一言も文句の言えぬ閣下も閣下だ

なんていうのは、ここまではいかないけれど、似たような印象の議員さんもいるわけだ。

世の中には、戦後民主教育は失敗だったという人がいるけれども、こうした人々が社会的地位のあるところにいる現状を見ると、確かに失敗だったと言わざるを得ない気がする。

付記:部下に私用をさせた会長については、その会長を選んだ委員の一人は苦言を呈したあとで「あんな人だと思わなかった」というような事を発言していたような記憶がある。このことは、面接で人間性を見る事が如何に困難であるかを示している。なにしろ、大きな組織の会長なので、面接といっても10分やそこらではなく、時間をかけて行われていると思う。そして、面接官もかなり社会的経験を積んだ人々のはずだ。それが、こんな結果になるのだとしたら、大学入試における面接にはとても選別能力を求めることは出来ないだろう。


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by ZAM20F2 | 2015-08-15 16:44 | 文系 | Comments(0)