写真業界では光源の特性は色温度で語られる。太陽光は5500kであり、タングステンランプは3200kである。太陽は今でも写真用光源として健在であるが、タングステンランプの方は蛍光灯やLEDランプに押されて、省エネ性の低い光源として追いやられる方向にある。写真スタジオによっては、もはやタングステンランプを持っていないところもあるのではないかと思う。蛍光灯の光源などは、昔は色味が悪く写真撮影の光源としては適していなかったけれど、最近では昼光色の蛍光灯などがでており、色温度も表示されるようになっている。
ところで、色温度とはもともと黒体放射のスペクトルから出てきた概念である。それに対して、蛍光灯のスペクトルはいかなる温度の黒体とも似ていない。つまり、色温度という概念は、そもそも蛍光灯やLED照明など、スペクトル分布が黒体とは異なるものには使えないはずである。それが使われているのは、おそらくはxy色度図の座標値が、ある温度の黒体放射の座標値と同じという意味なのだろうとおもう。たしかに、座標値が同じなら、色味は同じに見える。その点に関しては文句はない。しかし、それは、その光源で照らされた物質の色が同一に見えることを保証するものではない。 照明された物の色にいく前に、いくつかの光源のスペクトルを示そうと思う。といっても、きちんとした分光器で測定したものではなく、学校工作用用紙と東急ハンズで売っていた単レンズと、学習用直視型分光器キットに付属するようなフィルム透過型回折格子をデジカメの前において撮影した画像である。分解能は数nm程度で、分光器の波長感度特性は不明である。右端の波長が450nm、左端が700nm程度である。 スペクトルは上から 殺菌灯 蛍光灯1 蛍光灯2 LED懐中電灯 白色電球 である。殺菌灯は少し前に出したものと同じである。 ざっくり眺めると、上3つがかなり離散的なスペクトルの光源であることが明らかになる。興味深いことに緑のラインの幅が殺菌灯より蛍光灯の方が広い。これまで蛍光灯のスペクトルをとりながら、緑の輝線の幅が広いのが、分光器の焦点が合っていないためかと思っていたのだけれど、これを見ると、蛍光灯のスペクトルが本質的に広いようである。 3番目のLEDランプは、蛍光灯に比べると遙かに連続性がよい。ただし、青と緑の間あたりに暗い部分がある。スペクトルは2つのこぶを持っているようだ。 白熱電球は、短波長から長波長まで、途中で弱まること無く連続した」スペクトルである。3200kで黒体放射のスペクトルを計算すると、可視領域では、長波長が強くなるのだけれど、赤外近辺は、受光系の感度が落ちたり、赤外フィルターがあるので、暗くなっていくのだろうと思う。 今回用いた蛍光灯は昼光色程度のものだけれど、電球色のものでも、スペクトルの分布と強度は違うけれど、離散的なスペクトルであることに変わりない。 ここで、仮想的に、ある限られた2つの波長しか光を透過しないフィルターを通して光源を観察することを考えよう。 光源が白色電球なら、スペクトルは連続で常に2つの波長の光が混ざった色合いとなる。光源が蛍光灯だと事情は大きく異なる。もし、2つの波長の片方がスペクトル線に合致していて、もう一方がスペクトル線からはずれていると、スペクトル線の色が見えてしまい、決して2つの波長の中間的な色にはならない。もし、2つの波長ともスペクトル線位置からずれていると、光は透過せずに色以前の問題となる。 LEDの場合は蛍光灯より、はるかに事情はましである。しかし片方の波長が2つのこぶの中間あたりになると、そこの光は弱いために、もう一つの波長域の色に強く引きずられることになる。 話を簡単にするために、フィルターの透過光で2つの波長窓をもったもので話を進めたけれど、事情は原理的には反射で、もっと複雑な反射率分布をもった系、すなわち、身の回りのものものについても変わりはない。白熱電球、LED,蛍光灯では、ものの色の見え方が本質的に異なるものなのである。だから、ものによっては白熱電球の光が望ましい場合もあるのだと思う。その、一つの例として、いくつかの人造宝石を3つの光源で撮影したものをお見せしよう。RAWでとって、背景の白い紙でグレーをとって現像している。写真は上から写真電球、蛍光灯、LED照明である。 照明はきわめて適当で、陰がでてるし、ムラがあることはご容赦いただいて色だけをみていただきたい。一番目立つのは左上の人工アレキサンドライトだろうか。これは、もともと、太陽の光の下と蝋燭やランプの光の下では色が異なることで有名な宝石なので、まあ、卑怯な例であるけれども(何しろ、カメラではなく人の目で色がかわるのだ)、色味が白熱電球とLEDや蛍光灯で異なっているのがよくわかると思う。右下のルビーは白熱灯が一番明るく見える。それから中上のサファイヤは蛍光灯でとったものが緑がでている。これは546nmの輝線が利いている気がする。宝石は少しばかり極端な例かもしれない。とはいえ、ほかの物でも程度は低いかもしれないけれども同様の現象は起こっている訳で、少なくとも、アレキサンドライトを赤紫色にとるような仕事が来る可能性があるなら、白熱電球を打ち捨てるのはやめておいた方がいいだろう。
by zam20f2
| 2009-07-07 21:18
| 科学系
|
Comments(5)
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mijinco-plant at 2009-07-09 14:25
またまた沢山興味深い記事がアップされてますね 読み応えがあります
スペクトルをこんなにきれいに撮れるなんて驚きです 消費電力は別にしてもLED照明が増えてきている理由が一目瞭然ですね それとは別にzam20f2さんの雑然としたテーブルの上が気になりますねぇ この上で様々な実験が行われているのですね わくわくします あっ 路上で見かけたら是非声をかけてください 怪しいらしいので根性出してお願いします(笑)
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zam20f2 at 2009-07-10 08:02
もうすこし、数値的に扱いたいなとは思っているのですが、根性無しなので、画像をそのまま出してます。画像ではなく、スペクトルはhttp://t.nomoto.org/spectra/にあるのですが、それを見るとLEDは460nmあたりに強い部分があり、それで青を引っ張っているので、ものによっては、白熱電球と随分違って見えるだろうなと感じています。
机の上は……………雑多ですねぇ…………。ちょっとかたづけようかとも思ったのですが、怠惰ものなので。 ところで、日食計画は進まれてますか? 一度は見てみたい物ですよね。
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mijinco-plant at 2009-07-14 11:26
日食計画ですか
今、仕事が一番忙しい時期なので自分は動かず興味を持ちそうな友人をそそのかし、 上海の日食観測ツアーに一緒に申し込んでもらいました 動き出したのが遅かったので日本は無理でしたね 高いし zam20f2は見に行かないのですか? 日帰りの弾丸ツアー!もあるようですよ 今度何かご一緒したいですね おもしろそうな事があったら是非誘ってください お話ししてみたいです
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zam20f2 at 2009-07-16 06:26
上海というのは、思ってもいませんでした。私は22は外せない仕事が入っていて、身動きが取れません。面白そうな飲み会は当分予定されていないのですが、忙しい時期が終わったら、夕方にどこかでというのも悪くないですね。
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mijinco-plant at 2009-07-16 16:02
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