分水嶺付近の水楢

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蓼科山を背景にした水楢の木は「高原風物詩」からのもの。正確な場所は覚えていないけれど、車山乗越の付近、南の耳へ向かう尾根伝いの道の山彦谷よりかなり手前のあたりのような気がする。

今井さんにお目にかかれなかったけれど、奥様にはお目にかかったことがある。奥様のお話によると、今井さんは写真が好きで、スキーなどにいっても気に入った風景の前でカメラを取り出して、そして、「あの雲が、あそこら辺りまでくるのを待っている」と動かないので、奥様は今井さんをおいてスキーを楽しんでいたとのことだった。

今井さんが写真を撮った当時には生きていたこの木も、20世きの最後の方には
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と枯れてしまって幹だけが残っていた。
この写真だと、背景が少し重ならない気がするかも知れないけれど
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には蓼科山の右側も写っている。こちらの写真の方が少し古い。幹の上のほうが上の写真よりまだ残っている。

ところで、天文古玩さんの「天気予報の分水嶺」



もう20年ぐらい行っていないけれど、久しぶりに出かけてみようかなと思いつつある。
「天気予報の分水嶺」によると、1958年に天気予報のシステムが大きく変わったのだそうだ。

そのエントリーの表題の分水嶺に思わず反応してしまったのだけれど、この水楢の少し奥の頂きのあたりが日本分水嶺だ。その向こうに降った雨は山彦谷を流れ落ち、大門川を下り、大門落合で依田川に合流し、さらに大屋で千曲川に合流し日本海へと流れていく。
一方、水楢のあたりに降った雨はクヌルプヒュッテの下の沢をくだり観音沢を諏訪湖へと下っていく。その先は天竜の流れとなって太平洋に下る。

霧ヶ峰はあの辺りでは古くから開けている。今でこそ天然記念物で中に踏み込めない湿原も、古いアルプの紀行文を読むと、湿原の中に入っていく記述がある。また、古くからの建物もある。
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もその一つ。どの様な由来の建物かしらないけれど、昔から気になっている。
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by ZAM20F2 | 2014-10-09 21:22 | 風景系 | Comments(0)
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