文系と理系の卒論課題設定方法の違いについて

この前、文系の人と話をしていて、卒論の課題の決めかたを巡って、お互いに驚いていた。文系の人は、理系で卒論のテーマを教員が与えると聞かされて、4年になっても卒論の課題も決められない程度の成長レベルであることに驚いたようで、理系の身の上としては、文系の卒論が、学生さんが提示出来る程度の課題で成立してしまうことに驚いていた。

もちろん、文系といえども4年になって、前提知識なしに卒論課題を決められるわけではなく、3年次からゼミというやつに所属して、卒論の前段のものを書いて、その延長かあるいはその経験をもとに卒論課題を決めていくらしい。とはいえ、それで、卒論課題が決定出来るのは、文系の研究課題が日常体験や日常言語の延長にあるからである気がする。

一方の理系はというと、2年次くらいまでは基礎的物理・化学・数学を中心に、そして、3年次ぐらいから、ある特定の専門分野の基礎知識を学び、さらに実験を行うことで手一杯だ。研究室で行われていることは、それらの基礎知識からは、だいぶ離れたところにある。当然、それまでの日常体験の外側の話だし、そこで使われている術語も、ほとんどは初めて聞くようなものとなる。教員側から課題を与えられて、それを進める過程で、どのような背景にもとづいて何をやっているのかを理解していくという感じだ。

それしても、文系の卒論がそんなものとは知らなかった。知らなかったのは私だけかと思って、知り合いの理系研究者に聞いたら(標本数1だけれど)、やっぱり知らなかったので、決して私が例外であるわけではなと思う。

文系の人との卒論を巡る会話を通して、高校の課題研究で、課題設定を生徒に行わせるケースが多いのは文系の卒論スタイルの影響かと少しばかり分かった気がする。教育学部の卒論がどのような感じで進むのかは知らないけれども、こんな感じで卒論課題を学生が決めるのが普通なら、その延長で、学生が課題を決める流れになりそうだ。(そういえば、高校によっては、課題は教員側が主導で、ひたすら生徒指導をするところもあるようだけれども、そういうところは、ひょっとすると理科系の研究経験がある教員が主体なのかしら。)

ただ、高校の課題研究といえども、理系スタイルで研究をやるとなったら、あっという間に日常言語からは離れる領域に突入する。その時に課題で扱うことを実際の行動に展開するのは、研究経験のない人には困難であろうと思う。

高校の課題研究、やりたいことの決定は生徒さんに任せるとして、その後に、どのような展開をするかは、それなりの分かった人が指導するような、文系と理系のハイブリッドスタイルが良いんじゃないかという気がしてきた。

[PR]
by ZAM20F2 | 2018-11-02 07:34 | 文系 | Comments(0)
<< 等方相→ネマチック相転移 文系と理系の研究スタンスの違い... >>