読者のその後

前のエントリーの本は、奥付きによると昭和28年の発行だ。7月初旬には発行されているので、夏休みには間に合うタイミングだったようだ。
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この本、蔵書印があった。
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持ち主はM.FUKUDAさんだったようだ。本には、他の手がかりも少しばかりあって、おいくつぐらいの方かも想像ついたので、この本の持ち主だった方のことを想像で描いてみたいと思う。

Fさんは昭和17年頃の生まれ。出身地は分からないけれども、東京の小学校に通っていて、この本を手に入れたのは小学校4年生の時。夏休み前に手に入れたので、随分と夏休みに眺めて、本の表紙が外れかけてしまったようだ。前のエントリーで本の左側に白い部分があるけれども、これは補修のために貼られた紙で、その上から4年生の時のクラスと名前が裏表紙に書いてあるので、間違いないだろうと思う。

昭和28年といえば、高度成長以前。都市部のサラリーマン家庭では、子供の科学を定期購読して、誠文堂新光社の新刊を知ることも出来たろうけれども、農村部では、まだまだ現金収入は乏しく、子供にこのような本を買い与えることは少なかっただろうと思う。それに、エナメル導線なんかも、そこらでは売っているものではなく、科学教材社の通販はあったと思うけれど、今みたいに、画面で見て、ポチれば済むような気楽なものではなかった。Fさんがこの本を手に入れて、工作もできたであろうことは、都市部に住んでいたからこそだと思う。


その後、6年生の時のクラスが書いてあって、さらに中学生の時のクラスが書いてある。この本は愛読書で、だんだんと複雑なものまで作るようになったのだろうと推測できる。

小学4年の時にはラッションペンのようなもので名前がかいてあるけれども、中学生になると万年筆の文字だ。昔は中学生になると万年筆というのがよくある話だったなぁとしみじみと思う。今は、万年筆なんていうのは趣味の筆記具で、妙な懐古趣味のボディーが流行っているけれども、昔は万年筆は実用品で、年々スタイリッシュな格好へと変化していくものだった。

その後、Fさんは大学の工学部に入学して、そして学部を卒業して誰でも名前を知っている弱電系家電メーカーに就職した。
今でこそ、理工系は大学院の修士まで行く人が多いのだけれど、Fさんの大学卒業はオリンピック前のこと。修士なんかに行ってしまうと、企業が雇ってくれなかったような時代だと思う。

山北さんも芝浦製作所の技術者だったわけで、その山北さんの本が愛読書だった子どもにとっては、きわめてまっとうな進路だと思う。

その後は技術者として、極東の島国の工業の発展に貢献されたのだろうと思う。Fさんのような多くの技術者がいたから、ハードウェア関係の工業の発展が可能だったのだろうと思う。

昭和28年から60年以上たった今、小学生向けに、電磁石やモーター作りを唆す本は知っている限りでは新刊で存在しない。一方で、小学校程度の子供でも、プログラムを独習できるような情報環境は存在しているとは思う。子供を取り巻く環境の変化は、これからの技術者にどんな影響を与えるのだろうか。






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by ZAM20F2 | 2018-12-07 08:15 | 文系 | Comments(0)
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