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まちがっているのだけれど

長岡科学技術大学のKawaii理科プロジェクトとやらが、テレビにでて偏光板の間にセロテープをはさんでの着色をやっていたのだけれど……、説明として最初の偏光板で直線偏光になる(ここは正しい)、複屈折物質でプリズムと同じように、光が波長毎に分かれて(分かれない)、しかも波長毎に直線偏光を保ったまま振動面が回転する(直線偏光ではない、所謂旋光性の回転とはまったく違った現象)、そしてもう一枚の偏光板で、透過軸と平行な波長のみ透過する(間違い)と説明していた。

これ……、どこかの科学教室で原理を理解していない人が説明するなら、まあ、笑うしかないけれども、一応、大学の、それも助教の説明としては駄目すぎる。本人が、上記の説明が正しいと信じているなら、助教の看板を下ろした方がよいレベルの無知さだし、原理は分かった上で、子ども向けの説明として上記のような説明を考えたのなら、自分らの行為が反科学的なものだときっちり認識すべきだ。こんな説明で物事が分かったかのような気になることは、きちんとした学習意欲をそいで、将来的には子供を科学から遠ざけてしまう危険性をはらんだ物なのだから。

それにしても、実験教室の人々は、どうして学校で習うことの理解を深めるような科学実験ではなく、目先のことだけで、その年齢の子供にはきちんと原理が説明できないような実験をやりたがるのだろう。如何に迷惑な行為であるかを考えたことがあるのだろうか。
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by ZAM20F2 | 2015-08-16 08:32 | 文系 | Comments(0)

組織の上層部にいる人間の振る舞いの変わらなさについて(慮人日記より)

前回は技術的指向性が時間を経ても変わらないことを取り上げたけれども、それ以外の精神性や社会システムも残念ながら変わっていない気がする。慮人日記には

和知閣下の印象
台湾軍兵器部長や児玉中佐の紹介状を持って和知閣下のところに行く、十四軍司令部の奥の間に大きな机を置いて、どかりと座っているところは正に武将型の軍人という感じだ。外出するとかで話ながら服を着替えだした。当番兵にズボンをはかせる。エムボタンを掛けさせる。靴を履かせる。まるで昔の殿様然としたものだ。ご自分は扇風機に吹かれている。軍人も閣下になるとたいしたものだ。
閣下だって唯の軍人だ。軍人は自分のことは自分ですべきだ。公私混同。国家の干城として招集された兵にエムボタンまではめさすとは、はやあきれかえったものだ

などという閣下の話が出てくるのだけれど、少し前に、私用のゴルフに行く時にハイヤー代を所属機関に支払わせかけた会長がいる。そのことが問題になって、最初から自分出払うつもりだったと主張したけれども、そもそも、私用のハイヤーの予約を部下にやらせたために組織に請求が行くことになった。つまり、払う、払わない以前のレベルとして、公的な人間を私用に使っている。この時点で、人間として駄目なわけである。ただ、それが当たり前として通っているということは(この点は問題にならなかった)、和知閣下は今でもそこら中の組織に存在しているのだろうと思う。

また、

無理な命令
命令の中には無茶なものがたくさんある。できぬといえば精神が悪いと怒られるので服従するが、実際問題として命令は実行されていない。「不可能を可能とする所に勝利がある」とえらい人は常に言うが。

などというのを見ると、チャレンジと称して、実現不可能な利益を部下に要求した社長の話を思い出す。具体的な方策なしに、部下に不可能な要求をしながら、それを実現するために必要な不正行為は指示していないなどというのは、人間性か知能のどちらかが非常に劣っているはずである。そんな人間が何代か続いて大企業の社長になれるわけだから、大企業の社長になれるかどうかの大きな部分は人として優れているかではない別物で決まっているのだろうと思う。

そしてまた、

女を山へ連れ込む参謀
兵団の渡辺参謀は妾か専属ガールかしらないが、山の陣地へ女(日本人)を連れ込み、その女の沢山の荷物を兵隊にかつがせ、不平を言う兵隊を殴り倒していた。兵団の最高幹部がこの様では士気も乱れるのが当然だ。又この参謀に一言も文句の言えぬ閣下も閣下だ

なんていうのは、ここまではいかないけれど、似たような印象の議員さんもいるわけだ。

世の中には、戦後民主教育は失敗だったという人がいるけれども、こうした人々が社会的地位のあるところにいる現状を見ると、確かに失敗だったと言わざるを得ない気がする。

付記:部下に私用をさせた会長については、その会長を選んだ委員の一人は苦言を呈したあとで「あんな人だと思わなかった」というような事を発言していたような記憶がある。このことは、面接で人間性を見る事が如何に困難であるかを示している。なにしろ、大きな組織の会長なので、面接といっても10分やそこらではなく、時間をかけて行われていると思う。そして、面接官もかなり社会的経験を積んだ人々のはずだ。それが、こんな結果になるのだとしたら、大学入試における面接にはとても選別能力を求めることは出来ないだろう。


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by ZAM20F2 | 2015-08-15 16:44 | 文系 | Comments(0)

技術的指向性の変わらなさについて(慮人日記より)

「慮人日記」の著者は小松真一さん。発酵の技術者で、第2次大戦中に日本陸軍専任嘱託として南方で植物由来の燃料工場に関わった方。この本は、投降して捕虜になった後に収容所で書かれた記録がもとになったもの。本人が1973年に亡くなったあと、ご家族が記録を私家版として、後に筑摩書房から書籍として発行されたものだ。
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この本には、日本が戦争に敗れた理由として21の要因が記され「日本人には大東亜を治める力も文化もなかった」と総括している。後に山本七平さんが21の要因を解説する形で本にもされている。

本を読みながら、国民性というのは変わらない物だなぁとしみじみと感じている。小松さんは、朝鮮にあったドイツ人設計の工場や、比島にあった米国流の工場のことも記されているのだけれど、ドイツ人設計の工場は

新義州の朝鮮無水酒精会社のショウラー法による木材酸糖化と流動発酵
ショウラー博士設計になるだけに堂々たるものがある。日本人の設計とはまるで異なっている。計器を沢山用いているのには驚かされた。一つのタンクをつくるにも日本人の考え方とはまるで逆だったが、良き試料とヒントを得て帰る。

と、どうやら、数値計測をきちんとした上で、原理に基づいて稼働させるというシステムになっている一方で、比島にある米国流の工場は


比島の酒精向上
台湾で我々がやっていた酒精工場の設計、独逸人の設計になるショウラー法などと米人の設計を比較してみるとかなりの違いがある。
 彼らのやり方は麦酒会社で作った麦酒公募(麦酒醸造の副産物でバターの如くパラフィン紙に包装してある)を冷蔵倉に入れておき、これを水に溶かして糖蜜を溶かした発酵槽に種として入れるだけで、酒精発酵を簡単に終わらせている。
 台湾のように純粋培養をした酵母を工場で更に純粋培養し、酒母をつくって加えていくというような手数のかかることや、独逸人の考えたように多くの機械を要するやり方とは全く異なっており、酵母は出来合の物で間に合わせるので、酒精工場としては酵母関係の技術者を全く必要としない。素人で充分にやっていける。
 次に蒸留器も日本では、醪塔、精留塔、フーゼル油分離塔等のあるギョーム式を採用し、酒精の品質を最上のものとしているのに対し、仏国製のルムス一点張りで醪塔の上に精留塔をつけ、アルデヒドもフーゼル油もぬかずに酒精の品質を悪くしている。どうぜ自動車用だというので平気でいる。したがって蒸留操作は極めて簡単である。神経が太いというか実用向きというか。もっとも、日本人は不必要に神経質で、化学的に純粋でないと何だか気が済まず、自動車なんぞに用いるのに、不必要なまで手をかけて品質の良い物を造っている。
酵母を多量に加えて安全な発酵をさせるあたりは、まさに物量主義のあらわれだ。要するに米人の設計した酒精工場は素人だけでも運転できるようになっている。

という具合で、必要なものを非熟練労働者でも作れるし、必要以上の純粋さは求めないという設計思想で作られている。

一方極東の島国の工場は

樺太の王子製紙の亜硫酸パルプの廃液利用、大岩源吾氏の流動発酵
ショウラー法のごとくやたらに金をかけずにやっているのは、さすが日本人の設計だ。朝鮮無水も亜硫酸パルプの技術をいれたら、木材糖化にあんなに金をかけんでもすんだのではないかと思われ

とあり、独逸式に比べると、計測によって状況を把握するのではなく、経験値に基づいて操作をするような印象を与えるものになっている。そして、米国流との比較で記してある日本流を見ると、明らかに必要以上の純度を作り出す装置になっていて、そして、そこには熟練労働者を必要とする形になっている。

これは、第二次世界大戦前の話であるのだけれども、それから70年以上経った後でも、極東の島国の売りの一つは熟練労働者に支えられた過剰な品質なわけで、やっていることは変わらないよなぁと思えるところだ。
極東の島国のやり方は、人件費が相対的に安い間は強かったけれども、人件費が相対的に高くなった後は、競争力を失ったのは歴史の教える所だけれども、そこからの転換は、残念ながら巧くなされてはいないように思う。


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by ZAM20F2 | 2015-08-14 18:30 | 文系 | Comments(0)

どっちもあった

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出先で見かけた車内ポスター。
で、両側で立っていたかというと、右があいて左を歩いている場合も、左があいて右を歩いている場合もあるという状況だった。エスカレータが折り返していると、最初のエスカレータの左側に入口があると、左側に人が立って右側を人が歩いて行く、そして折り返すと左側の人が右側に立って左側を人が歩いて行くという状況だった。

ここのところ、エスカレータは手すりにつかまって、歩かずに乗れという運動が起こっているのだけれど、微妙な違和感がある。というのは、駅のホームというのはいろんな意味で危険な所で、ホームドアのない所なんか、誰かにぶつかられて線路に落ちたら、それこそ生命にかかわることになる。で、エスカレータでも階段でも、誰かが落ちた時に巻き添えの被害を少なくするように注意すべきだし、エスカレータを歩く時も、瞬時に手すりをつかめるようにしている。また、荷物が多くて人のあたる可能性のある時は、歩かずに立つようにしている。

鉄道会社のキャンペーンに違和感を感じるのは、人々にきちんとした状況判断を求めているのではなく、危険という理由で一律にルールを押しつけようとしているように感じられるからだ。そのような押しつけは、むしろ人が成熟することを妨げるものなのではないかという気がする。
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by ZAM20F2 | 2015-08-13 20:21 | 文系 | Comments(0)

ハサミだって危険だぜ(会社の研究所でカッターナイフの使用が禁止されているとういう伝聞について:番外)

会社の研究所でカッターナイフの使用が禁止されていることのエントリーは、ぽつぽつとだけれども、継続的に訪問者がいる。少なくはない数の現場でカッターナイフが禁止されていて、それを不満に思う人の数も少なくはないのだろうと思う。
さて、カッターナイフが禁止されると、何かの切断にはハサミを用いることになるわけだけれども、この前、某社で研修を担当している人から、研修生がハサミで指を切ってしまったという話を聞いて、思わず笑ってしまった。束ねた紙をハサミで切る作業をしていたら、力を入れすぎたのか、紙を押さえている指を一緒に切ってしまい、病院で5針縫う羽目になったという。
その人は、こんなんじゃ、研修生にはハサミは使わせられないということで、研修生はハサミを使う作業になると、そこは、慣れた人に依頼するという、状況にしたらしいのだけれど、この状況が進むと研修を終えたはずの人々からも、ハサミで指を切る人が出て来るのではないかと思う。そうなったら、ハサミの使用も禁止して、何かを切りたくなったら、まずCADで図面を書いて、レーザーカッターにでも切る物を入れて、そして事故が起こらないように蓋をして切断作業でもするようになるのだろうかと思ってしまう。

流石にそこまで行けば、やっていることの余りの間抜けさに、事故を起こした物を単純に禁止するのではなくて、安全に使えるようにする工夫をするようになるのではないかと思いたいのだけれども、何しろ油断できない世の中、会社の研究所でハサミの使用も禁止される時代がやってくるかもしれない。




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by ZAM20F2 | 2015-08-11 17:14 | 文系 | Comments(0)

流れる固体(その5)

様々な液体や固体を見せたあとで「バネとピストンの仕掛け」で、これらを解析するためのバネとダッシュポットのモデルを示している。
この辺りになると、中高の範囲は超えて、大学生に読ませた方がよい印象だ。

バネとダッシュポット単体の時間応答から始まって
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直列接続
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並列接続
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より複雑なモデル
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とその挙動と純をおって話が進んでいく。式は使われていない定性的な話だけれども、これらの図をきっちりと理解したうえで、式を眺めるようになれば、式の意味するところがよりはっきりと分かるようになると思う。


その先の章は少し話が変わっていて、絹糸や卵白とレオロジーとの関係が記されている。

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人工的なものだけでなく生物系においてもレオロジー的な性質が巧に使われている。中高生向けの本であるけれども、色々な人にとって参考になる本であるのは確かだと思う。
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by ZAM20F2 | 2015-07-26 11:37 | 文系 | Comments(0)

流れる固体(その4)

本のタイトルは「流れる固体」なのだけれど、「流れなくなる液体」も取り上げられている。
力を入れるとかたまるのだけれど、力がかからなくなると流れてしまう様子を写真と
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原理を示した図で解説している。
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ここまでは非ニュートン液体の話なのだけれど、それに続いて氷河のように時間スケールにより固体にも液体にも見える物質の話に続いていく。

例としてでてくるのはキャラメル。身近な物で簡単にできる実験を見せている。
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さらにアスファルトを破って出てくる植物の話。
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いわゆる「ど根性系植物」がもてはやされる前の本だけれどもこの本を見ると、理由も考えずに植物の根性とやらに感動するのではなく、アスファルトが流れる固体であることの不思議さをきちんと感じるべきなんだろうなと思えてくる。


流れる固体に続いて出てくるのは弾性のある流体。これも納豆の粘液や卵白のような身近なものから例が出てくる。

もっとも、これらの材料では粘性の高い液体と弾性もある液体の区別はつきにくい。そこで、粘性だけの液体として水飴を示し、加熱した亜麻仁油で弾性もある液体を示し、違いを際立たせている。
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這い上がる液体なんていうのは、思わず自分で試したくなる実験だ。
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この先、バネとダッシュポットによるモデルの話へと続いていく
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by ZAM20F2 | 2015-07-25 20:56 | 文系 | Comments(0)

流れる固体(その3)

粘性の話でも粘性の微視的な機構の説明がなされている。最初は割と巨視的な感じから始まり、
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粒子の動きへと移っていくあたり、丁寧な説明だ。
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その後に、粘度が温度により変化することも写真を使って説明されている。
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その上で、妙な粘弾性体の話へと展開していく。
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この本は巨視的な現象を写真で示し、その微視的な機構をイラストで示す形で進行していく。

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それにしても、ペンキにダイラタンシーが関わっているなんて、言われて見ると納得だけれども、全然意識していなかった話だ。
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それ以外にケーキのデコレーションにも絡んでいると言われると、異型ノズルから絞り出されたクリームが丸くならないのを不思議に思わないといけなかったのだとあらためて思うし、歯磨きだって、ブラシのうえで流れていかないのは不思議な話だったわけだ。
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こうした挙動に対して、
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応力歪みの挙動がどのように違うのかといった、科学的にどのように取り扱うのかということもきちんと示されている。
一方、普段は流れているけれども、急な力に対しては固体になる物なんかもある。それは次ぎに。

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by ZAM20F2 | 2015-07-23 07:08 | 文系 | Comments(0)

流れる固体(その2)

本の目次をめくってみるとはじめにとおわりにに挟まれた第1章から第9章まで順を追って、当たり前な固体や液体から、当たり前ではないようなものへと話が進んでいく。それぞれに副題が付いているので、何となくだけれども、内容は想像出来るようになっている。

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はじめに -ものの流れと変形-
1,曲げた棒はなぜもどるか -弾性の話-
2,ゴムはなぜあんなに伸びるのか -ゴムの弾性は気体の圧力に似ている-
3,かきまわした水はなぜとまるか -粘性の話-
4,おかしな流れのいろいろ -振ると「とける」液体、「成型」できる液体、ひび割れする液体-
5,流れる固体 -氷河は流れる、「岩」も流れる-
6,弾性のある液体の話 -はねもどる液体、糸をひく液体、はい上がる液体-
7バネとピストンの仕掛け -模型で考えるのは便利なことだ-
8絹糸はどうしてできるか -蚕は糸を吐くのではなくて、引きだすのだ。クモの糸も同じ-
9,粘液は何のためにあるのか  -卵の白身は黄身のゆりかご-
おわりに -レオロジーとは何か-
あとがき -おとなの読者へ-

はじめにの部分では著者がレオロジーの研究を始めたきっかけが語られているのだけれど、そこに出てくる学生時代の実験装置は興味深いものだ。錘と円盤で引き上げ速度を調整出来るようにしている。
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今だと、電子仕掛けのめんどくさい構造になりそうだけれども、下手な電気仕掛けよりは、よっぽどスムーズな動きで速度の調整も容易だろうと思う。多分、こうした工夫が日本の工業製品の改善にも寄与していたのだろうと思う。

本文にはいると、バネの話から始まり、
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少しばかり怪しげな、弾性の微視的な起源をへて、
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実験も含めたゴム弾性の話へと続いていく。
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この実験など、家庭でも十分に出来るもので、写真で見せるのはなかなかよいことだろうと思う。
ゴム弾性については研究の歴史も紹介しながら
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な図や
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な図を使って説明していく。
知ったかぶり系解説だと「エントロピー弾性」なんて言葉を出してそれで終わりにしてしまうわけだけれど、そんな言葉を知ったからといって、本質が分かるわけではなく、この本の丁寧さは、きちんとした説明に必要なものだと思う。
ここまでで弾性の話を一区切りして
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粘性の話へと続いていく。

それにしても、この本、本文中の写真と図も優れている。
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by ZAM20F2 | 2015-07-17 21:11 | 文系 | Comments(7)

流れる固体

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固体と流れるという相反するような言葉がタイトルとなったこの本、まずは著者による後書きを見て頂きたい。

あとがき  -おとなの読者へ-

この本は中学生、高校生を主要な読者に設定して書かれている。しかしこれは小、中、高校の先生の参考書にもなり、科学技術者や大学生のレオロジー学習にも役立ち、さrにはレオロジー専門家の「鑑賞」にも十分堪えうるものと信じている。

中略

つぎに、この本はレオロジストの「鑑賞」にも堪えるだろう、とさっきいったことについて一言しよう。
それはこの本に出てくる写真の素晴らしさのことである。専門家にとって本文の内容はもちろん自明、かつ既知のことである。しかしこの本が「レオロジー写真集」として高い価値を持つことを否定する人はいないと思う。弾性液体の示すワイセンベルク効果、粉体系のダイラタンシーなど、数々の写真は、本文の作者である私自身がはじめ見て一驚したものである。
これらのすぐれた写真は、写真家の織田浩さんの作品である。研究熱心な彼は、これらの写真の段取りも演出も全部自分でされた。写真のなかに出てくる手や指も、大部分が彼の奥さんやお子さんのものである。東京の彼の自宅で作り出されたこれらの作品を、私は札幌でみせられて一驚し、これをみた私の友人達もまた賛歌し、「これはレオロジーそのものですね」と言った。

というわけで、まずは、その口絵写真をお目にかけることにしよう。
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1970年代という撮影時期から明らかなように、これらの写真はフィルムを使って撮影されている。使われているレンズの記述はないが、現在の非球面や新種ガラスを使ったレンズや、いわゆる産業用レンズなどに比べるとレンズの性能は劣ったものを使っているはずだ。機材が劣っているからだめかというと、そんなことはなく、今でも専門家に見せればレオロジーの写真として優れた物という評価になるだろうと思う。

撮影時にポラを引いているのかは知らないけれど、その場で出来上がりを確認するのが困難な時代の撮影には多くの経験と工夫が必要であったはずだ。実験でも便利な道具の出現によって失われていく工夫や技術があるけれども、写真撮影においても同様のことが生じているのではないかという気がする。

本の内容については改めて紹介する



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by ZAM20F2 | 2015-07-15 21:32 | 文系 | Comments(0)