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茎の欠如について

ともきんすでは朝永振一郎の

ふしぎだと思うこと
これが科学の芽です

よく観察してたしかめ
そして考えること
これが科学の茎です

そうして最後になぞがとける
これが科学の花です

という言葉も紹介されている。芽と茎と花の中で目立つのは芽と花だろうと思う。発芽は、種子がまったく異なった形状に変化する過程だし、花は文字通り花で、その存在だけで目を引くものである。

芽と花が芽を引く影響か、途中の茎はあまり人目を引かない存在となる。実際、植物の観察でも、発芽や花は詳細に観察されても、途中の茎の生長は、枝の数の変化程度で、発芽と花に比べると雑に扱われがちなのではないかと思う。
でも、朝永はこの人目を引かない部分に、観察してたしかめ、そして考えることをあてている。観察・確認・思考、これは科学の方法そのものの部分で、発芽や開花に比べて茎の成長に時間がかかるように、科学研究でも時間がかかる部分である。そして、この人目を引かない部分こそ、科学研究そのものなわけである。

世間に溢れている科学啓蒙活動を芽と茎と花に分類してみると、芽と花は多いのだけれど、茎はほとんど存在しない気がする。最先端の科学は花だし、それから、サイエンスカフェなんかでも行われているであろう、専門家が知識を伝えるのも「なぞがとける」という意味で花である。
そして、不思議さを感じさせると称している子供向けの科学教室は芽を目指したものであるし、よく行われている種明かしは茎を通り越した花である。

でも、これらの花はすごく人工的なものだ。茎のない花は良くて切り花、場合によっては造花だったりする。そして、茎抜きの芽と花だけを見せられ続けると、茎の存在そのものが忘れ去られていく。よく考えてたしかめて考えることが忘れられ、中谷宇吉郎の言う「科学によって目をつぶされた人々」が量産されかねない事態だ。そしてまた、芽が出た後で手入れをしなければ、折角の花が咲くであろう栽培植物は雑草に埋もれたり枯れたりするのもよく経験することだ。

茎を育てるのには、発芽や花を摘むのに比べると、時間も手間もかかる。そして、方向性が違う作業である気がする。発芽は、とりあえず適当な水分があればよい。あるいは、子供の目を引くものがあればよいと言い換えても良い。一方、茎は自発的に伸びていくもので、それがどのような葉っぱをつけるのか、どちらに伸びていくのかは茎に内在したものだ。

英国のCASEという科学教育の授業をはじめて見た時に、ある知識を教えるのではなく、やりっ放し感のある終わり方に途方にくれた。実験変数の授業だけれど、溝のある斜面をボールを転がしてもう一つのボールにぶつける作業で、変数を問うものだ。ボールの材質が変数になるのだけれど、ぶつかった後の動きなどは問われておらず、ひたすら変数だけを問うていた。CASEの他の課題も、そんな感じのオープンエンドらしい。大分立って、徐々に認識したのは、CASEで伝えようとしているのは、知識ではなく方法なのだということ。前に上げた「虹」という戦後に発行された科学雑誌に書いてあった「科学をやるためのルール」と言い換えて良いだろうと思う。それを学ぶことによって、はじめて科学をよる深く楽しめるようになるルールと言うやつである。

CASEをやったはずの子供達の、その後の課題研究を見ている身としては、CASEだけで方法論が身につくとは決して信じてはいないけれど、CASEのスタイルは極東の島国の科学啓蒙活動には見られない方向性だし、茎を育てることに関する何かが含まれていると思う。



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by ZAM20F2 | 2015-05-07 21:50 | 文系 | Comments(0)

旦那芸・科学版

前回のエントリーは、仏文ではなく科学分野における旦那芸の存在について話を展開しなければならなかったはずなのだけれど、まとめられずに途中で投げ出されたものであった。
内田樹さんのブログのみにリンクをはったけれど、最初は、それに加えて天文古玩さんの「博物学の「目的」とは?」にもリンクを張るつもりでいた。リンク先を見て頂ければおわかりのように、明治期の博物教科書の紹介。博物学の目的というあたりに、西洋の学問を背景も含めて日本に伝えようとする著者の想いが見える気がする。「理学的思想を与へ、迷信を去ること」は普通の話だけれども、「親しく自然界を観察して、其完全なる理会〔理解〕を為さしめ、天然物を愛するの心情を喚起し」のあたりに、神の作った自然の理解と賛美というキリスト教的な背景が隠れているような気がする。

方々のブログにあふれる花鳥風月の写真を見ると、極東の島国にも多くのナチュラリストがいるらしいのだけれど、その中で顕微鏡を扱う人の数は欧米に比べて少ない割合であるらしい。まあ、大航海時代の昔から新しくやってきた謎のものを拡大して眺めるだけでなく、蚤を見るための虫眼鏡まで作っちゃうような人々なわけだ。そして、その背景には神の作った世界という概念があり、この辺りの違いが、極東の島国に顕微鏡愛好者が少ない理由かなという気もしないでもない。
でも、極東の島国にだって本草学の伝統もあれば、雪華図を作っちゃった殿様のような趣味人もいた。西の方の人が顕微鏡を扱うといっても、科学的な研究に向かうのではなく、微細な芸術的な品を愛でるという方向性もある。そういう意味では、科学にむかうとかそういうのとは異なった面の話かもしれないけれど、どこから違いが出ているのか、そして、それが科学と関係する話なのかは、心のどこかに引っかけておきたい問題だ。

極東の島国にも本草学があったと記したけれど、極東の島国にはロウソクの科学に代表されるクリスマス講演的な伝統は無い気がする。ロウソクの科学は、最先端の科学である電気の話ではなく、身の回りにありふれたロウソクを使って見せたところに芸がある。科学講演というと、著名な科学者が自分の専門についての話をするイメージがあると思うけれど、それじゃあ聞いている方にとっては、科学か魔術か区別のつかない話になる危険性がある。むしろ日常に見慣れていたはずのもにの不思議さを示された方が、普通の生活の中で身近なものに目をむけた考える切っ掛けになりうるように思う。最先端の科学の話は人ごととして科学を楽しむ人は作れても、旦那芸まで引っ張り上げることは出来ないのではないだろうか。
ともきんすには牧野富太郎の「牡丹の花はあんなに大きいのに、桜の花はどうしてあんなに小さいのでしょう?」という言葉が引用されている。言われて見ると、そこらへんの科学教室で種明かしとともに教えてもらえる目を引く科学マジックなんかよりはるかに不思議で奥の深い話のわけで、自分の感性の鈍さを痛感させられる言葉だ。

ただ、花の大きさの違いを不思議と感じられるようになるまでには、かなりの経験が必要なのかとも思う。というのは、顕微鏡に興味を持ってもらえるような、簡単に作れる検鏡対象がないかななどという話の流れで、そのあたりの葉っぱやら、
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池の水などを眺めてみると、
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確かに見たこともない景色が拡がっているのだけれど、それより先に進めないのだ。一方、偏光顕微鏡下で
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なんぞを眺めると、「見た目ネマチックだけれど、ぶつぶつしているのは一見等方相のアワだけれども、でも複屈折量がアワの所でも変わっていないのがあるので、薄いか、それとも等方相ではなく液晶相で混合系でバブルが見えているのか……」などと頭が回っていく。もちろん、これは偏光顕微鏡だからではなく対象が液晶であるためで、それが証拠には、同じ偏光顕微鏡下の画像でも、ビタミンCを眺めると
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「なんか液晶の欠陥に一寸似てるな。まあ、でもきれいだからいいか」などというレベルで思考が停止してしまう。予備知識の有無が見る深さに影響している。

人によっては、水の中の生き物でワクワクして深く入っていく人もいるだろうと思う。万人向けの検鏡対象ではなく多種多様なものが、奥に進むための知識とともに用意されている必要がある気がしてきた。

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by ZAM20F2 | 2015-05-06 16:03 | 文系 | Comments(0)

前世紀の科学者が随筆を書いていたことについて

本屋で買い物をしていたら、いつの間にかカゴの中に入っていた。
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裏表紙にある
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を見て、思わず考え込みながらレジに向かった。
この本は4人の学者さんの随筆の簡単な紹介。目に触れる機会の少なそうな本に目を向かせてくれる読書案内といった本だ。それにしても裏表紙の言葉、考えせられる。

内田樹さんが彼のWebの「旦那芸について」というエントリーの中で、彼が仏文に向かったの桑原武夫や渡辺一夫や鈴木道彦らが仏文の裾野の拡大に熱心だったからと書いている。単に仏文が面白く刺激的な学問領域であることを示すだけでなく、生き方を通しても仏文学者がダイナミックで面白そうということを伝えていて、内田さんに限らず彼らに引かれて仏文を志した若者が数多く存在したという話である。しかし、それに対しててその後の世代の仏文学者は内田さんも含めて裾野の拡大を行わず、その結果として仏文学者が絶滅状態になったということを反省を含めて記している。
内田はある分野の1人の専門家の背後には、「その数十倍の「半玄人」が必要である。」とも記している。その続きも引用するなら「別に、競争的環境に放り込んで「弱肉強食」で勝ち残らせたら質のよい個体が生き残るというような冷酷な話をしているわけではない。「自分はついにその専門家になることはできなかったが、その知識や技芸がどれほど習得に困難なものであり、どれほどの価値があるものかを身を以て知っている人々」が集団的に存在していることが一人の専門家を生かし、その専門知を深め、広め、次世代に繋げるためにはどうしても不可欠なのだ」というわけで、半玄人の裾野となる人々の存在が、その分野を継続していくのに必要だという話である。

さて、ともきんすに話を戻すと、中谷宇吉郎の随筆の中に戦中か戦後直ぐに東京に向かう旅の途中で一泊しなければならなくなり、何とかたどり着いた宿の女将が中谷の随筆のファンで助けられる話がある。どうみても女将は物理を学んだわけでもなく理科系でもない。でも、中谷の随筆のファンである。これは広い意味で内田のいう旦那芸に含まれることだと思う。もし、この女将に子供がいたら、理科好きになりそうな気がするのである。

現在でも、確かに数多くの科学読み物は出版されている。また、そうした読み物の著者となる科学者もいる。でもそれらの本は、ある分野の知識や最近の情報を伝える本であって、随筆とは少しばかり毛色が違っている。例えば、中谷宇吉郎の立春の卵は、取り上げた対象は彼の専門とはまったく関係のない話だ。しかし、それを題材に科学的な考え方をしっかりと示すものに仕上がっている。単に不思議でもなく、そして知識でもなく、その途中の過程が含まれている。こんな技は最近の本では確かに見た記憶がない。

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by ZAM20F2 | 2015-05-05 20:10 | 文系 | Comments(2)

半旗

強い風の中、半旗はためく。
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この4年で何が起こったのかを改めてふり返る。
色々な復活はあった、ここで取り上げたのは山田生せんべいや、広田湾のわかめや牡蠣。
でも、復興は決して順調に進んでいるわけではない。特に福島。未だに放射能物質を含んだ水は海に流れ出て、それを公表しようともしなかった企業。その企業による原発処理が行われ続けている。
そして、オリンピック誘致により高騰した人件費の上昇が、被災地での復興の足を引っ張っているという話も聞く。人が飛んだりはねたりするのを見て元気を貰った気分になる夢をみるより、もっとやるべき事があったはずだという思いがある。
そういえば、年末に出した目が悪くなる催しにしても、その必要性には疑問なところがある。4年前の電力規制を考えると、そして、発電状況はそんなにも変わっていないし、政府と産業界の今しか考えない方向性を越えて、原発は止めるべきであることを考えると、そんなことに無駄なエネルギーを使う社会のままであってはいけないはずだ。

虚構新聞によると東京オリンピックの開会式はH18年の関東一円の黒い雨による放射能汚染を会場エリアのみは除染作業をして、防護服を着ていれば開会式に出られるレベルまで改善し無事に終了し、そして、汚染水流出も、定義拡大により太平洋の91%の面積に拡がった港湾内に押さえられているというのだけれど、虚構新聞は最近は誤報が多いだけにせめて、この記事が誤報にならないことを祈るのみだ。
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by ZAM20F2 | 2015-03-11 22:10 | 文系 | Comments(0)

消された過去:地図の話

地図の話の戦後改訂版を入手したのは、戦中版の最後の航空写真のところが、戦後にどれだけ発展しているのかを知りたかったためだ。現在では地図は現地の測量などはせずに航空写真で等高線や道を拾っていると思う。
そのためか、等高線にほぼ水平に流れているはずの農業用水が、植林境界と誤認されて、等高線を登るようになっているところのある地図が出来たりするのだけれど、でも、戦前の地図にあったらしい想像で書いた山の裏側の地形なんていうのは無くなっていると思う。
閑話休題
戦後改訂版を入手してわかったことは、航空写真に関する部分は写真の差し替え以外には特段の内容の変化がないということだった。
戦中版で使われていたのは
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というもので、それが戦後改訂版では
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になっている。
戦中版で国内ではない場所が選ばれていることも、戦後改訂版では国内の写真になっていることも納得できる。敗戦までは、日本国内の航空写真などというものは、国防上の重要情報であり、国内向けの子ども向けの本といえども使うわけにはいかなかっただろうと思う。当然、日本軍が展開して占領していた地域の航空写真も使えない。というわけで、日本軍が攻撃をして写真撮影はしたけれども占領していない場所の写真が選ばれたのだろうと思う。
一方、この写真が戦後に使えないのは自明のことである。それゆえ、この変更については、当然のことだろうと感じた。
しかし、本のはしがきを見た時には非常な違和感があった。戦中版の前書きは
「支那事変、第二次欧州大戦、わけても大東亜戦争がはじまって以来、人々は一日として地図を見ないで過ごす日はないであろう。地図無しには、毎日発展している戦況を充分に理解することは出来ない。」と始まるのに対して、戦後改訂版のはしがきは「私のつとめている役所の仕事の中に地図を作る作業がある。印刷室にすえてあるたくさんの輪転機からは、いついってみても一分間に五十枚くらいの早さでいろいろの地図が印刷されて流れ出している。いったいこんなにたくさんの地図がどうして入用なのかと思われるくらいであるが、この印刷された地図はどんどん送り出されて需用者の手にわたっていくので輪転機を休ませるひまはなかなかないのである。-中略- またわたしは若い人々がほんの一日のハイキングのために地図をかこんで楽しそうにあれこれとはなしあっているのをしばしば見たことがある。」と戦争とは無縁の流れになっている。そして、それにも係わらず端書きの日付は昭和17年3月と戦中版初版の年月日になっているのである。そして、その後に昭和27年6月の日付で「 なお、この「地図の話」に多くの材料を提供してくれた陸地測量部は昭和二十年終戦後まもなく廃止され、あらたに地理調査所がもうけられて測量部の仕事を受け継いでいくことになった。-後略-」と付け足されている。

この日付はないだろうと思って、戦後に最初に発行された版ではどうなっているのを知りたくなって、その版も取り寄せることになってしまった。わかったことは、写真はすでに名古屋に変更になっている。そしてはしがきの内容も戦後改訂版と実質的に同じになっている。ただし、日付は昭和22年8月になっている。これなら納得できる日付だ。
それにしても戦後改訂版のはしがきの日付は狡いと思う。戦後の最初の版のように昭和22年にするか、改訂版はしがきとして昭和27年の日付にすべきものだ。写真の差し替えにはまったく文句はないけれども、はしがきの日付を含めた変更には文句がある。そして、これは著者だけの責任ではなく編集部が体をはってでも防がなければならなかったはずのことだ。さすがに、戦後改訂版がでた戦中版の他の本がどうなっているかを確認する気力はないのだけれども、編集部の仕事として、これはダメダメだ。

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by ZAM20F2 | 2015-02-17 21:39 | 文系 | Comments(0)

インドのコールセンター

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月が変わって、車内の塾の問題も新しくなった。今度はインドにコールセンターを作る理由を問う話である。その理由を2つのべよというのに対して塾の用意した解答は3つで、時差があり24時間対応ができること、人件費がやすいこと、英語圏であることの3つが上げられ、そのうちの2つを書けばよいとされている。

事実として米国企業などがインドにコールセンターを作っているのは知っているけれど、それを利点というのはその企業視点の話であって、もう少し広い視野でみたら、違うんじゃないかという気がしてしまう。

問題文にはソフトウエア開発などでという例示があるのだけれど、ソフトウエアについては時差を活用してある地域で終業時になった時に始業時になる地域になげて、そしてもう一つの地域を回すと、一回り戻ってきた時には、それなりに進んでいるという話を聞いたことがある。もちろん、これがうまくいくためには、よほど設計がしっかりしている必要はあるし、同じレベルの人々をそろえる必要もあるけれども、とにかくみんな日中の通常の時間に勤務して幸せになれるという状況が作り出せる。

一方で、時差があると、ある国の昼間に設定された電話会議が別の国の深夜になっていて不幸な人を作り出すなんて状況だって出現する。

さて、コールセンターである。時差の話に移る前に、一つ考えておきたいことがある。それは、夜中の1時過ぎにコールセンターに電話をかけたくなったことがあるかだ。もちろん、勤務の関係などで昼夜が逆転している生活を送っている人には夜中の1時過ぎに電話をするのはあり得る話ではある。しかし、そういう需要は昼間か夜も遅くない時間に比べてかなり低頻度であろうと思う。コールセンターについては24時間フルに動いている必要性は少ないのである。

インドの標準時はGMGT+5:30で、アメリカは東海岸がGMT-5、西海岸GMT-8である。インドでの通常の勤務時間を朝9時から夕方6時とすると、それは東海岸で、22時から7時、西海岸で19時から4時にあたっている。逆に東海岸で9時から18時はインドで20時から5時、西海岸だと23時から8時になる。いずれにせよ完全な深夜労働だ。つまり、時差の存在は、コールセンターの場合は必ずしもプラス要因ではなく、マイナス要因である因子の方が強いのである。

塾のだした解答の英語圏であることは、たしかに米国のコールセンターを開設する必要条件だろうとは思う。でも決して十分条件ではない。それは、ある国の中ですべての人がコールセンターの勤務ができないであろうことを想像すれば十分に分かることだ。コールセンターの内容にもよるが、それに耐えられるだけの教育を受けた人が存在していることが必要なのである。そしてまた、その国の政治がそれなりに安定していて、また米国に対して敵対的ではないことも要求される。


英語圏ならよいのなら、インドの他にアフリカ諸国にも存在している。でも、今のところはそちらにコールセンターを作ろうという動きはあまり存在していないように思う。その背景には上のような事情があるはずだ。

最後のコストの問題について言えば、企業側からすれば、他の要件さえ満たしているなら、これが最大の魅力になるはずだ。そういう意味では正しい答えなのだけれども、それと引き替えに本国では失業者を生み出しているはずだ。そしてまたインドの側にとって手放しで喜べる話ではない。もちろん、短期的には雇用は増えて、海外からの資金は流入する。その一方で、英語も話せる優秀な人材が海外向けのコールセンターに流出する結果として国内向けのコールセンターが崩壊状態に陥っているという話もあるようだ。また、インドの他にフィリピンもコールセンターの誘致を行っているらしい。いずれ、アフリカも含めて適地が増えれば、コールセンターがインドから流出していくと考えられる。そのときに、コールセンタに勤めていた人は、他の業務に対応できるスキルを身につけているのか不安なところがある。今の切り売りでしかない可能性があるのだ。

米国の企業からすれば、インドのコールセンターを丸ごとつぶすのは、自国内に作ったコールセンターを廃止するのに比べれば、簡単な作業である。自国内での雇用減少には黙っていない政治家や人々も、他国のコールセンターの廃止には寛容であろうと思う。これは、塾が記してはいないけれども米国企業にとってのかなり大きなメリットだ。

おそらく、この問題を作った学校も、取り上げた塾も、米国流のグローバルスタンダードとやらを無批判に受け入れてしまっていて、根本的に物事を考えることができなくなっているのだろうと思う。ひょっとすると、この学校では、ITがらみでは時差が有効だと記しているのは罠であって、コールセンターの理由に時差を書くような思考の浅い学生を落とす篩にしているのかもしれない。そうだとしたら、この学校やるなぁというところで、塾の一方的な間抜けさが目立つことになる。いずれ、学校側のコメントもWebにのるかもしれないので、ほんの少しだけれど、そんな事態が発生することを期待はしている。まあ、それよりは、この学校や塾では、どこかの「勝ち組大学(笑)」と同様に説明会で「勝ち組になるぞ-」とシュプレヒコールでも上げている可能性の方がはるかに高いだろうけれども。

問題がコールセンターを作る理由を問うのではなく、米国企業がインドにコールセンターを作ることの弊害を尋ねていたら、すごくすてきな問題だっただろうと思う。
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by ZAM20F2 | 2015-02-08 19:20 | 文系 | Comments(0)

「少国民のために」

少國民のためには戦前に次の13冊が発行されている。

1941/12/15,中谷宇吉郎「雷の話」,1
1941/12/15,有馬宏「トンネルを掘る話」,2
1941/12/15,日高孝次「海流の話」,3
1941/12/15,内田清之助「渡り鳥」,4
1941/12/15,宇田道隆「海と魚」,5
1942/06/18,武藤勝彦「地図の話」,6
1942/06/25,末広恭雄「魚の生活」,7
1942/07/19,大塚弥之助「山はどうして出来たか」,8
1942/07/19,小幡重一「音とは何か」,9
1943/05/15,矢野宗幹「蟻の世界」,10
1943/06/20,中谷宇吉郎「寒い国」,11
1944/04/05,大村一蔵「石油」,12
1944/07/10,平等恵了「落下傘」,13

そして戦後に次の10冊が発行された。

1951/12/15,長谷部言人「日本人の祖先」,14
1951/12/15,増山元三郎「数に語らせる_-新しい統計の話-」,15
1952/04/25,安芸皎一「洪水の話」,16
1952/07/25,武藤勝彦「地図の話_改訂版」,17
1952/07/25,細井輝彦「蚊のいない国」,18
1952/10/01,関口鯉吉「私たちの太陽」,19
1953/01/05,津田左右吉「日本の稲」,20
1953/09/15,和島誠一「大昔の人の生活_-瓜郷遺跡の発掘-」,21
1953/09/15,小林秋男「電灯の話」,22
1954/03/20,桑原万寿太郎「ミツバチの世界」,23

(リストは岩波書店児童書全目録 1913-1996 刊行順より作成した。)

「少国民のために」が戦後も発行されていたことは前に記したけれども、「少国民のために」などという戦前の軍国時代を思わせるようなシリーズが戦後も岩波から刊行されていたのが、あまりにも意外だったので、戦後発行の物を取り寄せてながめてみた(一部はご近所さんにお貸し頂いたものを調べている)。
戦後発行は2期に分けられる。第1期は1951年11月以前で、この時点では戦前に発行されたものが再版されているようで、本文は旧字旧かなのままで、編集部からの部分も「国民学校」を[小学校の」と文字数を変えないまま訂正しただけになっている(活版印刷の時代には、文字数が変わると、その行以降の活字組をやり直す必要がでるので、字数を変えない訂正の工夫が求められた)。

本体の方はといえば、戦時色的な色合いのものは発行できないだろうと思うのだけれども、満州での生活を念頭においているとしか思えない「寒い國」が戦後も発行されており、何が大丈夫なのかはよく分からないところだ。戦前版のもので、現時点で戦後の発行が確認できないのは、「石油」、「落下傘」、「音とは何か」の3冊である。このうち前の2冊については、未読ではあるがタイトルから想像するに、南方油田のことも含めて戦争に直接関係する内容が多く含まれているために簡単な手直しでは済まなかったためではないかと思う。また、「音とは何か」が見つからないのは(戦争につかう聴音機の話ははいっているが、外せる程度の量なので)不思議なところだ。いずれ見つかるかも知れないが、実際に存在しないとしたら、小幡が1947年に亡くなってしまっているので、問題のある部分の書き換えが不可能となったという事情があるのかも知れない。

1951年に戦後版がスタートした時点で編集部からのメッセージの最後に
「私どものこの試みは、今から十年前、多難な次の時代を担当すべき当時の少年少女諸君に対する、私たちの大きな期待から生まれました。それ以来、戦前から戦時にかけて総計十三巻を刊行し、発刊の趣旨の一部はさいわいに実現いたしました。しかし敗戦後の今日、日本はいまやまさる困難に直面し、私たちの少国民諸君に対する期待は、十年前にくらべ、なおいっそう大きく、なおいっそう切実であります。私たちが、ここに既刊のものに加えて、新に興味ある主題をとりあげ、科学の方法に関する年少の諸君の理解を更に一段と深めようと試みるのも、やはりその期待からにほかなりません。 1951年12月」

という文章が付け加わっている。本文はもちろん新字新かなである。おそらくは、その時点で戦前版で続いていたものも新字新かなになったのではないかと思う。(すべてを確認したわけではないが、地図の話は1952年の時点で新字新かなに改めたと記されている。)。

手元にある「地図の話」は1969年発行のもので、その時点で再版を続けていたのは「日本人の祖先」、「数に語らせる」、「山はどうしてできたか」、「洪水の話」、「地図の話」、「渡り鳥」、「日本の稲」、「魚の生活」、「ミツバチの世界」、「海流の話」、「トンネルを掘る話」である。日本の古本屋で確認が取れた限りではシリーズの本には1971年に再版されているものもある。ということは、極東の島国で万国博が開かれたころまでは少国民が比較的ニュートラルな言葉だったのだろうと思う。少国民というと、山中恒を思い出すが、ボクラ少国民シリーズは1974年から刊行されているらしいので、60年代後半から70年頃にかけて少国民という言葉の意味合いが変化していった可能性がある。

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by ZAM20F2 | 2015-01-16 21:47 | 文系 | Comments(0)

四角いまま

電車の中で見かけた広告。四角い頭を丸くするというのが売り文句の学習塾の宣伝なのだけれど、この広告を見る度に宣伝主が考えていない別解を考えるのを楽しみにしている。

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さて、今回の問題、意図からすると太陽が十分遠方にあるので、太陽からの光を平行光線として扱えることを指摘すれば良いのだろうと思うし、Web上での塾による解答もそのようになっている。

でも、頌子さんの作図を見てみると、太陽の中心からの光しか考えていない図になっているので、上端と下端からの光も書き込んで、陰の幅が出ていないことが間違いであると指摘してもよいように思う。
このような解答を出すと、問題文中に頌子さんが「影が短足になる」と叫んでいるので、それに対応しない解答は不正解であると言われそうだけれども、問本体の方では頌子さんの作図が正しいかどうかのみを聞いているので、太陽の上端と下端の光を入れていない点が不正確だという解答も間違いとは言えない。

また、太陽を点として扱うのが正しかったとしても太陽が有限の位置にあるとするなら、完全な平行光線とはならないので、腰の線を通った光線の地面との角度が45度より大きくなることは数学的には正しい。定性的に平行光線としてよいという言明は簡単にできるが、どこまでを平行と近似して良いかの定量的な議論ははるかに難しいものであり、それをやろうとすると、モデルとなっている人の高さと腰の位置と測定に用いる器具の精度を仮定した上で、光源が何処まで離れていれば測定器の精度範囲で平行光線と区別がつかないかを計算でもとめ、その距離と太陽までの距離を比較した議論を行わなければならない。

そのような議論を踏まない説明は「取り扱われた問題をすべて理解しつくしたかのように考える」ものでしかなく、それで満足していたら、頭の中身は四角いままだろうと思う。

それにしても、この問題、なんで頌子さんがお父さんに聞く設定にしたのが非常に不思議だ。この学校は、女子校のように思えるのだけれど、お母さんではなく、お父さんが説明するという設定は、母親はこういう科学的なことを説明する能力がないことを暗に主張しているのか、それとも、母子家庭の子供を取るつもりがないことが現れているのかと疑ってしまう。

入試問題が学校の顔の一つであるなら、むしろ科学的なことにも通じている母親像がある問題にするのが女子校としての当然の選択だろうにと思う。そして、この問題を選んで使っている、この学習塾のセンスも前世紀のものであることが露呈している。こんな塾には柔軟性のある思考も有する人間を育てることは出来ないであろう。


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by ZAM20F2 | 2015-01-08 21:17 | 文系 | Comments(2)

索引はどう使うか

少国民のためには(全部を確認した訳ではないけれども)きちんとした索引がついている。そして索引がついているだけでなはく、「索引とは何か」と「索引はどう使うか」という文章が掲載されている。
これについては、すでにミクロワールドサービスさんの本日の画像2012年10月1日に掲載されているので、それをご覧下さればそれでおしまいにしてよい話なのだけれど、ふらふらとテキスト化してしまったのと、少しばかりの蛇足があるので、続けることにする。
まずはテキスト化してしまった部分。

索引(さくいん)とは何か
一つの書物にはいろいろな事柄が書いてある。また同じ事柄、同じ物についても、方々に違った話が出て来る。一度読んだだけで、どこにどんな話がかいてあったか、それを一々こまかく覚えていることは誰にしてもできることではない。だから、どの話がどこに出ていたか、それがすぐにわかる手引きがあると非常に便利なわけである。索引(さくいん)とはこの手引きである。

索引はどう使うか
しかし、索引は唯忘れていた話を思い出すばかりに役立つものではない。一つの本の中では、同じ物についての話が飛び飛びに出ていることが少なくない。そういう場合に、本を読み終えてから、索引をたよりに読み返してみると、飛び飛びに書いてあったことが、頭の中で一つにまとまって来る。そればかりではない。諸君がこういう本を何冊かお読みになると、例えば海の話の中に出て来たことと風の話の中に出て来たことと、二つの間につながりがあるのに気がついたり、或いはまた島の話と地球の話とに共通なものがあるのに気づいたりされるであろう。そういう場合に、索引を使って、そのつながりのある事柄を両方読みあわせて見たまえ。諸君は、かけ離れて見える事柄の間にどんな密接なつながりがあるかを、正確にしるであろう。
また両方に通ずる真理のあることにも気がつかれるであろう。
こうして、いろいろな本を読み合わせてゆくうちに、ほっておいたらバラバラなままでいる知識が段々結びついて来て頭の中に網の目のようにつながりあって来る。-そしてこれこそ、諸君の知識が科学的になって来るということなのである。
石を寄せ集めたように、いろいろな知識をただ集めても、ほんとうの知識にはならない。


ミクロワールドサービスさんも指摘しているように、いろいろな本を読み合わせてゆくうちに(ここは、もう少し広く本だけでなく実験や観察も含めた全ての経験と考えた方がよいと思う)知識が網の目のようにつながり、それが知識が科学的になってくるということであるという指摘は非常に重要なものだ。

さて、蛇足部分だけれども、ミクロワールドサービスさんで紹介されている「海と魚-潮目の話」の中には海流についてはシリーズの海流の話を読むようにとのポインターがある。また、未入手なので、確認はしていないが、シリーズの末広さんの魚の話にも海と魚や海流の話に関するポインターがあるのではないかと思っている。

実は、少国民のためにのどの本を取り寄せようかと考えたときに、海流と潮目と魚と、なんで類似した内容の本を揃えているのだろうと不思議だったのだけれども、これは、上記の索引の使い方を実際に行えるようにとの編集部の仕掛けであるようだ。そんな目で眺めてみると、トンネルを掘る話の中に、トンネルを掘る対象となる山については山の本を見ろと書いてあることも、(まだ読んでいないけれども)測量を含めた地図の話があるのも、一連のシリーズとして企画されたと考えられるのである。

これは、まさに編集部のきちんとした仕事だ。
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by ZAM20F2 | 2015-01-06 20:55 | 文系 | Comments(0)

父兄並びに先生方に

海流の話のところで「小国民のために」は全部で10冊程度出ていたようだと記したけれど、訂正が2点生じた。まず最初に訂正しなければならないのは、「小国民」ではなく「少国民」だったことで、小学生の小ではなく幼少の少だったのかと思った次第。2つめの訂正は出ていたのは10冊ではなく、1954年にかけて24まで出ていたこと。少国民という言葉は広辞苑でも「(第二次大戦中の言葉)」 なんて書かれているくらいだから、戦後まで使われているのが意外なのだけれども、原子力と同様に戦後のある時期まではあまりネガティブな意味は持っていなかったのかと感じている。
さて、もし、この少国民のためにのシリーズの1冊を手にする機会があったら、まず本の最後の所を見て欲しい。そこには編集部からの趣旨説明と索引に関する注意書きが記されている。索引の方は明日に回すとして、今日は編集部からのこと。

父兄並びに先生方に 編集部

この本は読者として国民学校上級生と中等学校一二年生とを予想し、正しい科学的知識を与えることを目標として編集されました。
しかし正しい科学的知識を与えるといっても、諸科学の原理的な問題をそのまま年少の方々に理解させるということは、もとより不可能であります。また徒に細目にわたる詳しい知識を注入することも、困難であると共に無意義でありましょう。従ってこの種の本では、専門家のもつ科学的知識を平明化し簡単化するということが、どうしても必要であります。それだけに私共の最も怖れるところは、読者が、ここに与えられただけの知識を持って、取り扱われた問題をすべて理解しつくしたかのように考えることであります。そのような誤解の生じないように本文中にできるだけ注意はいたしましたが、この点については父兄並びに先生方の正しいご指導に俟つところが非常に多いと存じます。
なお、この本では科学的知識と科学的探求とを常に結びつけて理解させるように、特に努めてあります。学会で既に定説化した成果をただ平俗なものとして与えることが問題ではなく、経験を厳密に組織してゆく科学的思考を同時に体得させることこそ最も肝要だと考えるからであります。孤立して把えられた現象が一見関係なく見える他の事象と複雑に聯関していること、個々の現象が普遍的な法則の下に一様に支配されていること、かかる法則が長い歴史を通じて次第に発見されて来たこと、-こういう事柄を読者の理解力の及ぶ限り明らかにしたいというのが、実はこの本の主眼であります。この点については、直接読書指導にあたられる方々によって私共の力の不足を補って頂くことが、一層必要であろうと思われます。
私共の試みは、我が国の多難な次の時代を担当すべき今日の少年少女諸君に対する、大きな期待から生まれました。大きな期待から生まれたこの小やかな試みが、よき直接の指導と結びついて、許される限りの効果を発揮してくれることを切望してやみません。


これが本の後ろにある編集部からのお願いだ。編集部は単にこの文章をまとめただけでなく、本の編集にもかなり絡んでいるように思う。というのは、本によっては、著者が少国民を相手に口頭で話をしたのを速記記録して、それを編集部がまとめたものに著者が手をいれて作り上げているようなのだ。普通は速記記録をそのまま文字にしても本にはならない。それを編集部が上の方針のもとにかなり手をいれていたのではないかと思う。

また、シリーズの何冊かの本を読んだ印象では導入部分には歴史的なことや身近な話を入れており、それは共通している(そういう意味では「少国民理科の研究叢書」よりシリーズとしての筋が通っているかもしれない)。
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by ZAM20F2 | 2015-01-05 20:44 | 文系 | Comments(0)